表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第12話 シーシュポスの神話

9000字くらいです。読んでいただけたら幸いです。

僕らは部室を掃除する。段々と日が傾き、部屋がオレンジ色と紫色に染まっていく。書架が落とす影がその輪郭を濃くする。海の向こうで太陽が煌めいている。僕らは大体の掃除を終え、それぞれ朽ちた木の匂いを放つ椅子に座る。

「さあ創作部の活動を始めようか。」

「何から始める?」

「ごめん。俺にも分からない。」

僕はカバンから新しいアイデアノートを出す。

「あ、それは・・。」

「アイデアノートだよ。一番鮮度がいいのを選んできた。また僕が創作するのを君が冷静に観察するのでいいかい?」

「いや、俺にも見せてくれよ。一緒に作ろう。一緒に夢を見よう。起きながら夢を見るんだ。」

「そうだったね。」

僕はアイデアノート開く。そこには汚い字で乱雑に書かれたアイデアの断片やちょっとしたイラストが描かれていて、物語というにはあまりにもちゃんとした形をなしていなかった。そんなプライベートな秘境に剣崎が吸い込まれて、入り込んできた。彼は様々なイメージやアイデアが飛び交う夢の世界でオロオロしていた。そこに僕が手を差し伸べる。怖がらないで、時に恐怖は耳目を曇らせる。賢さは真実から離れていってしまう。だから断崖絶壁から自殺する様な気持ちでジャンプしてみて、自分を構成する枠組みから自由になってみて。剣崎は目を瞑り、初めて海に飛び込む子供のように自分のいる場所から未知の世界へダイブする。

僕らは未来に居た。現在からどれだけ時が進んでしまったか分からない。だが景色は様変わりしていた。至る所に空に高く伸びた壊れかけた煙突のような奇怪な建物が立ち並び、人々はそこで、まるで古代ギリシアの奴隷のように何も文句を言わずに働いていた。近く戦争が起こるという事だった。街角の様々なところに「戦争に備えろ!」という張り紙が貼られていた。その張り紙には険しい表情をした老人の顔がプリントされていた。下に「わが指導者が全てを見ているぞ!」と書かれていた。彼らは戦争に備えて工場で兵器を作っているのだ。だが人々はそれが何に使われるのか分かっていなかった。彼らは主観的には主体的に働いているのだが、その主体性は権力者に誂えられたものだった。

僕らはそんな景色を一望出来る窓の前に立っていた。そこは煉瓦造りの古びた図書館で、縦長の窓が並行して並ぶ長い廊下だった。

「田中・・・。ここはどこだい?これは何だい?僕は老人役なのか?」

「役になりきってくれよ。僕が司書役をやるからさ。今日はどんな用で来られましたか?ご老体。」

「ちょっと待って・・・。よし。・・・・うるさいわ!通り一辺倒の事を言いおって!全く、最近は若者は本を読まなくなってしまった。と言ってもワシもあまり読んではこなかったがな。」

その老人は車椅子に乗り、痩躯鶴の如しだが、体幹はしっかりしている。座禅した禅僧が浮遊している様にも見える。トゲトゲした立派な髭を生やし、険しい顔の眉間には険しい皺が刻まれている。司書さんの方は知性的な顔立ちに上手く撫で付けられた髪の毛が品の良さを感じさせる。安そうな眼鏡をかけていて、ペラペラの白いシャツにツギハギだらけのズボンを履いていて、庶民の生活の苦しさを感じさせた。

「このもうろくジジい。まだ死んでなかったか。一体何しにきたんですか今日は。」

「戦争の準備というので、何もかも取り上げられてしまった。鍋も包丁も、食べ物も、妻との思い出の詰まったデータの入ったタブレットも。ここに来るしか楽しみがないんじゃ。ちょっとは老人を労りやがれ。」

「まあいいですよ。最近の若者が本を読まないのは本当です。みんな戦争や新兵器の事に躍起になって本なんかちっとも見向きもしない。大体いつになったら本当に戦争が始まるんですかね。まるで終わらない夏休みのようだ。」

窓のから見える青空に飛行機雲がかかっている。あの自殺する青年のような飛行機は一体どこへ行くのだろう。あそこからは、来るべき戦争の為に、一生懸命ぜんまい式の時計を巻き上げている自分たちはどう見えているのだろう。

「あの飛行機は双発の戦闘機だな。どこへ行くのじゃろうか。敵国を滅ぼしに行くのじゃろうか。今朝の新聞によれば公式にはまだ戦争は始まっていないはずじゃが。」

「最近ずっとちょっとずつ違うコースを飛んでいますよ。まるで国民に見せつける様にね。それでも、ちっとも戦争の音沙汰がない。街中では戦闘機が一直線に飛んでいく度に歓声が上がるんです。戦争をするならさっさとしてもらいたいもんです。結局ね、勝つにしろ負けるにしろ、誰も結果を見たくないんです。物語の結末を。だからいつまでも同じ過程を繰り返す。」

「じゃが過程も大事じゃろ?ワシなんかもう昔の思い出くらいしか持てるものがない。その他のものは全て供出してしまったからの。」

「その老人っぽい喋り方やめた方がいいですよ。いい歳して恥ずかしい。」

「何じゃと!」

「僕は介護施設の職員じゃなってしまったのか、ああ、神様・・・。」

「わしゃまだボケとらんわ!」

二人が無駄話をしていると、廊下の向こうからロボットがやってくる。目と口とタイヤだけがついた漂白剤の粉のように真っ白い司書ロボットである。背中にたくさんの本を抱えている。

「何か必要なものはありますか?何なりと申し上げてください。」

「僕の同僚のロボ子です。こいつは僕より頭いいですよ。」

「光栄です。」

「そうじゃなあ。ワシは読み返したい本があるんじゃ。政府に非推奨図書だという事で、没収されてしまったのじゃ。ここにはまだ政府の手が及んでいないのでの。過ごしやすいんじゃ。」

「それは何という名前の本ですか?」

「アルベール・カミュのシーシュポスの神話。」

「田中はそれを読んだことはあるの?」

僕は急に現実に引き戻される。

「え?・・・。あるよ。実はカミュは大好きなんだ。異邦人もペストも読んだよ。」

「僕も読んだことあるよ。田中の顔で分かる。君は恋しているね。その本に。」

「え?恋!?何を言ってるの急に・・。」

「それがね、分からないものを分からないまま求めるということなのだと思うよ。」

「・・・・・。」

僕らはまた物語の中へ潜っていく。

廊下の奥からカツカツという靴の音が聞こえてくる。まるで煉獄から聞こえてくる罪人の呻き声のようだ。彼は街のコンクリートの背景に溶け込みそうなくらい、地味な色でパリッとした制服を着た、戦争指導員だった。よく鍛えられた逆三角形の身体がガチョウ足行進の直線的な歩行に乗せられてやってくる。まるで巨大な砲塔を備え付けた鈍重な戦車のようだ。上品な顔には薄ら笑いを浮かべているが、目は見据えた者を選別しようとしている冷たさがあった。

「おい、田中、もう一人登場人物が出てきたぞ。」

「この話には一つのシーンに二人しか出てこないから、ロールプレイで行こう。戦争指導員は君がやってくれ。」

「ええっと何でしたっけ、ここの図書館には、指導者のポスターが貼ってないですねえ。おかしいな。国中に貼るように政府から通達が出ているはずですが。」

「ここは今の政府から独立した図書館です。権力から離れて、ありとあらゆる表現と知を保存する為の図書館。そう憲法に明記されているじゃありませんか。」

「はっ、あの時代遅れな憲法などにまだ力があるとお思いですか?現実をきちんと見た方が良い。生物が環境に適応して生き延びてきたように、人間も環境に適応して進歩しなければならない!戦争が迫っているのですよ!こんな図書館、我々が本気になれば一発の砲弾で粉々ですよ。」

「ならば憲法を変えてから改めて来てください。まああなた達には無理でしょうけど。」

「ふん、進歩しない猿め!いつまでも空語の憲法が自分たちを守ってくれると思い込んでいる。戦争はすぐそこまで迫ってきているのに!」

「そうですか、それで我々はどこと戦うことになるのですか?」

戦争指導員は塩をかけられたナメクジのように押し黙ってしまう。

「うるさい!そんな事は君たち末端の人間が考えるべき事ではない!我々の指導者が全てを知っていて、全てを指示するのだ!それが国民にとって一番の幸福なのだ!」

「その方が精神的にも肉体的にも楽だものね。それで、みんなで未来を見ないで破滅に突っ込んでいくんだ。あなたの人生の最期の時に指導者があなたの側にいるとは限りませんよ。」

「とにかく!明日までに指導者のポスターをこの図書館全体に貼り終えること!もしそれが為されなかった場合、君や君の家族に望まない不幸が降りかかるかもしれないですよ!それと、憲法なんていくらでも解釈の余地があるのですからね!」

その戦争指導員はさっきよりいくらかせかせかした感じでカツカツと靴の音を鳴らしながら、図書館を出て行った。せかせかしていても、その足取りのリズムが乱れる事はなかった。

「何だか、大変なことになってしまったようじゃの・・・。」

「最近、政府の監視も厳しくなってきましたがね。まあいつものハッタリですよ。それで何でしたっけシーシュポスの神話?」

「そうじゃそうじゃ。」

ロボ子が書籍を運んでくる。

「もうどこの書店にも置いてないし、デジタル版なんてもっと監視が厳しくて、ここに来るしかなかったのじゃ。」

「僕も読んだことありますよ、これ。」

「ほほ、そうかの?」

「確かシーシュポスはギリシャ神話の人物で、在らん限りの力で岩を押して、山の頂まで運んでいく。でもそこまで岩を押し上げると、岩は山の麓に転がり落ちて行ってしまう。そしてその岩をまた山頂まで押し上げる。それを永遠に続ける。彼は神からそんな刑罰を受けている。」

「そうそう。」

「確かカミュはそれを人間の姿そのものだと言っていましたね。この世界において人間の希望や壮絶な努力に対して、何の報酬も約束されていないこと。祖国を追われた人間に、割れた煌めくガラスのように降りかかる、崩壊した親しみのある世界。そして現れる不条理という世界そのもの。そんな奇怪な植物を仔細に観察しなければならない。果たしてその探究の先に人間が生きるに値するような価値があるのか否か。」

「カミュはそれに「全てよし」と答えるんじゃ。何が起こっても全てよしと。岩を押し上げる筋肉の痛みや足元の石と石がぶつかって飛び散る火花。何もなくても、その過程だけで人間は幸せになれるのだと言い切ったんじゃ。岩を押し上げる苦しみが彼に勝利を持たらす。何の約束も希望もない世界に明晰さや親しみを求める人間が反抗する事で、そこに初めてその固有の世界が生まれる。もし本当に幸せになりたいのならそこから逃げてはいけない。反抗から、戦いから逃げてはいけない。この本からはそんな決意が伝わってくるんじゃ。」

「僕にはこの世界に独りで反抗する勇気はあるのだろうか。反抗できるのでしょうか。」

「たとえ独りになっても、その植物を仔細に観察するんじゃ。カミュは青年時代、フランスでナチスに対するレジスタンスじゃった。仲間が裏切ったり、密告したりしても、彼はめげなかった。そして戦後彼らを許した。だから他のことはともかく、どんなに世界が人間を裏切ろうと、自分が正しいと思ったことから逃げてはいけない。自分には絶対に嘘をついてはいけない。そして自分の人生の過程から逃げなければ、シーシュポスに対する刑罰は逆に幸福に変わるんじゃ。」

「幸福に?何故?」

「そこには成長と発見があるからじゃ。実は希望とは現実から目を逸らすことなのじゃ。目を逸らしていたら現実は苦しい。じゃが、ちゃんと現実を見つめれば?この広大な宇宙を一つ一つ数え上げていけば?苦しみは喜びに、生きがいに変わるんじゃ。」

「そういうものなんですかねえ・・・。あんまり納得できないけれど。」

「まあ良いまあ良い、君はまだ若いんだから、長生きしてくれよ。そしたら分かるさ。」

「まあ僕はそのうち絶滅収容所に送られちゃうかもしれないですけどね。」

「噂では、絶滅収容所ではもう、今のこの国の総人口と同じくらいの死体が積み上がっているそうじゃな。そのうち収容所のせいでこの国は滅びるかもしれん。」

「滅びるなら滅びるで早くしてもらいたいですね。」

「何でも結果で考えるでない。そこに至る過程が大事なんじゃ。」

「はいはい。憶えておきますよ。」

司書は仕事を終え、家に帰る。コンクリートの地面が昼間に溜め込んだ熱を放出していた。日が沈みかけているのに、茹だるような暑さの夕方だった。戦争の為に拡張された街路を軍隊がガチョウ足行進で行進している。それはまるで工場で既製品が作られ、生産レーンを流れていくかのようだった。その後から戦車やミサイルなどが続く。観衆は皆それぞれ手にこの国の旗を持ち、パレードに熱狂している。司書はそれにうんざりする。歳のいった婦人が熱中症で倒れる。彼はそれを助けようとも思わなかった。

その日の夜、彼は家で独り「シーシュポスの神話」を読み返す。窓を開けているとパレードの行進曲と歓声が聞こえてくるのでまたうんざりする。読書はこの世界の悲惨さから、自分の人生の悲惨さから目を逸らさしてくれる。だから彼は読書が好きだった。彼は夢を見た。自分が神からシーシュポスに対する刑罰を受けている夢だった。山頂にはあの戦争指導員が居た。彼が侮蔑の目で司書を見つめる。彼が岩を蹴飛ばし、岩は山の麓まで転がり落ちていってしまう。司書はそれを追って降りていく。だが司書は山を降りていく過程に満足していた。それは彼自身の勝利だったのだ。

彼はもう一つの夢を見た。10年前に病気で死んでしまった、その頃付き合っていた彼女と映画デートをする夢だった。彼らの他に映画館にはパラパラと数人が居るだけで、一人はぐっすりと眠り、もう一人は、退屈そうな連れに映画のことを熱心に解説していた。彼女の髪型や顔はもう朧げにしか覚えていない。だがその仕草や喋り方、声ははっきりと思い出せた。それは間違いなく彼女だった。彼女が隣に座っていた。僕らは確かに愛し合い、避けることの不可能な運命が僕らを別れさせた。

「ねえ、映画にとって何が一番大事だと思う?」

「うーん・・。テーマ?登場人物?・・・。世界観?」

「それもとっても大事なのだけれど、映画にとって一番大事なのはね、過程なのよ。」

「過程?」

「テーマなんてなくたって構わない。キャラクターは必要だけれど、それは観客を感情移入させる為の道具でしか、乗り物でしかない。世界観がテキトーで、前後の文脈がめちゃくちゃでも素晴らしい映画なんて死ぬほどあるわ。」

「うん、言われてみればそうだね。」

「だからね、映画には印象に残る風景がいくつもあればいいの。印象に残る風景がたくさんある映画がいい映画なの。いくつもの風景を有機的にくっつける為にテーマだったり、キャラクターだったり世界観があるのよ。」

「その風景ってのが・・・・過程?」

「そういうこと。結果は大事だけれど、私があなたと付き合っているのだって、あなたが億万長者だからとか、セックスアピールが素晴らしいからとか、一緒に幸せな老後を迎える為とかじゃないの。あなたとの関係の中で、どれだけ素晴らしい風景に出会えるか。それだけが大事なの。」

「君にとっては僕との関係も映画なんだ。」

「ねえ、私吸血鬼なのよ。」

「え!?」

「んなわけねーだろ、ばーか。」

僕は彼女の顔と髪型を完全に思い出した。真っ黒なショートヘアーに特徴のあまりない美しい顔で、こちらを値踏みするかのような猫の目をしていた。

彼女は僕に束の間の流れ星のようなキスをする。

僕はそこで目を覚ます。時計のアラームがけたたましく鳴いている。僕は眠りながら、無意識に涙を流していた。

翌日司書が図書館に行くと、早朝のあの長い廊下で二人の男が言い合いをしていた。

「間も無く戦争が始まるのですよ!戦争には勝利か死かしかありません!だから死なない為に、全てのものを一つの事に集中するのです!公の為に自分の命を投げ打つのです!それが戦争です!ああなんて素晴らしい!」

「わしゃ戦争なんかまっぴらごめんじゃ!もし死ぬのだとしても、お前の為でもなく、指導者の為でもなく、軍需産業の為でもなく、自分で選んだ人達の為に死ぬ!そんなに指導者が大事なら、まずは自分から腹を切ったらどうじゃ?今できるかここで?」

「何を言っているのです?我々は指導者の元、生きるのも死ぬのにも一つなのです。大きな家族なのです!意志と勝利と友愛で繋がっているのです!」

「ちょっと何大声で言い合いをしているんですか?仮にもここは図書館なんだから・・・。」

「おや司書さんじゃないですか。確か昨日言いましたよね。指導者のポスターを今日までに図書館中に貼っておくようにと。まだこの図書館にはそのポスターが貼ってありませんね!あなた絶滅収容所に送られてもおかしくありませんよ。」

戦争指導員の顔が初めておもちゃを買い与えられた子供のように嬉しげである。司書はその不気味な表情に後退りする。

「それにこの本、非推奨図書ですよ!」

彼は手に「シーシュポスの神話」を持っていた。もう片方の手にライターを持ち、本に火をつける。メラメラと本が燃えだす。炎を反射する彼の目がオレンジ色にキラキラと怪しく光る。

「ああ、そんな・・・・。」老人はまるで最後の希望まで吸い取られてしまったかのように悲嘆の声を上げる。

「私も参考程度にこの本は読みましたよ。何でしたっけ、アルベール・カミュ?彼は凡才ですね。シーシュポスの生き方は何の教訓にもならない。カミュは友愛と意志と勝利を侮辱している!我々は指導者の元、一つの家族として、希望のもと、永遠に生き続けなければならない。我々の国に永遠に敗北はないのだ!」

「どんな存在だって最後には死にますよ。敗北するんです。」

「ほう。あなたは敗北主義者ですか?最初から何もかも諦めている。そんな人はこの国にはいらないんですよ。あなたみたいなカビが広がっていく事がどれだけ国民に悪影響を与えるか、ああ、考えるだに恐ろしい!」

司書は戦争指導員の操り人形の様な言葉と振る舞いを見ていて無性に腹が立ってきた。彼は誰に操られているのだろう。きっと自分で自分を操って喋っているんだ。人間にはそういう事が出来る。反吐が出る!意図的に自分で自分を騙しているそういう奴らが。正直さやまっすぐさや正々堂々とした態度と無縁なそういう奴らが。他人には自己犠牲を強いながら、結局は自分が一番大事なのだ。

「そもそも本なんて無駄な物じゃないですか。こんな大量の紙屑も、大仰な図書館もわが国に必要ない!世の中から無駄をなくすことこそ、我が国が戦争に勝つ為に必要な事なのです。我が国が生み出した巨大で壮麗な兵器達を見ればあなたにもそれが分かるでしょう?兵器のような無駄のない生産性のあるフォルムにこそ、意志と勝利の女神は微笑むのですよ!生産性のない物は死ぬ運命にあるのです!」

司書はついに我慢ができなくなってキレてしまう。

「勝利することがそんなに大事なのか!結果だけがそんなに大事か!それだったら俺なんかいらない!俺の身体だって、大切な思い出だって、思いやりだって必要ない!老人も子供もいらない!自分の人生に本当に必要なのは結果ではなく過程だ!」

「貴様は非国民だ!貴様は人間ではない!猿だ!猿は絶滅するべきなのだ!」

戦争指導員が司書に手錠をかけようとする。老人が戦争指導員の制服の裾を掴みそれを制止する。老人の顔からは自分で選んだ運命を進んで受け入れる確かな覚悟を感じた。

「わしが行こう。わしがこやつの代わりに絶滅収容所に行こう。彼の事はどうか許してやってほしい。」

「ほう。自己犠牲の精神ですか。あなたのその精神には感心しますね。じゃああなたの望んだ通りにしてあげましょう。猿のおじいさん!」

戦争指導員の部下によって老人は連れられていく。

「おじいさん!」

「若者よ。わしはもう山の頂上に登ったぞ。わしが死んでも、誰かがまた岩を押し上げくれると信じとる。だからわしにとって死は敗北ではないのじゃ。」

「さっさと行け、ジジイ!」

戦争指導員の部下達が、言うことを聞かない犬の首輪を無理やり引っ張るように彼を連れていく。

「ああ、ごめんなさいおじいさん、図書館を守り抜けなくて・・・。」

それと交代するように品行方正で、王に仕える近衛兵のような、火炎放射器を持った軍人が二人やってきた。ただ目の中は何かを燃やすための好奇心で怪しく燃えていた。

「徹底的に破壊せよ。」

彼らが図書館の本へ向かって火を放つ。火は確実に本を燃やしていく。

僕は考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。燃え盛る本の中に飛び込んでいってしまったのだ。

「何をやっているのですか!?自己犠牲にしてはやりすぎではないですか?」

僕はおじいさんの言葉を思い出していた。

「わしは頂上に登ったぞ。わしにとって死は敗北でないのじゃ。」

僕はまだかろうじて燃えていない詩集を、死にそうな我が子のように身体に抱き込む。そう、僕にとってこれは敗北でないのだ。岩はまた転げ落ちていく。きっとその岩を誰かが頂上まで押し上げてくれるだろう。終わりのないその闘争が僕に本当の勝利をもたらす。結果はどうあれ、僕は世界に抵抗したのだ。炎がメラメラと僕の身体を愛撫する。ああ、炎ってこんなに気持ちいいものなんだ。

煉瓦造りの図書館は燃やされ、子供のおもちゃのように、バラバラに解体されてしまった。そこに見窄らしい格好をした、お腹を空かせた男の子がやってくる。

その男の子は図書館の瓦礫から唯一消し炭にならなかった詩集を見つける。それを読んでその子は目を輝かせる。彼は本が消えてしまった世界で、その唯一の本を大事に抱きしめる。

「僕、世界を救うよ。だってここに書いてあるんだ。ここにね。」

岩はまたも押し上げられる。

「おーいもう7時だぞ。」

田崎先生が部室の扉からこちらを見ている。外はもう薄暗く、静かになった下界から海の波の音が聞こえていた。


創作の中に剣崎が入ってきました。二人で創作の世界を自由に動き回ること。そんな事ができたら素敵じゃないでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ