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【お仕事幻視短編小説】電柱が見た愛の記憶、あるいは影を描く男  作者: 霧崎薫


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第十章:新たな証人たち

 それから一年後。


 逸郎の家に一人の若い女性が訪れた。大学で都市史を研究している院生だった。彼女は逸郎の「究極の電柱地図」の噂を聞きつけてやってきたのだ。


「お聞きしました。この街の記憶を地図に記録されているとか」


 逸郎は書斎に彼女を案内した。壁一面の地図を見た彼女は息を呑んだ。


「これは……芸術作品ですね。いえそれ以上だ。これは街の魂そのものです」


 彼女の名前は田中恵子といった。逸郎が退職の日に花束をくれた田中の娘だった。父親から逸郎の話を聞いて興味を持ったのだという。


 現代の都市史研究では単なる建造物の変遷だけでなく人々の生活や感情の記録も重要な資料として扱われている。逸郎の地図はまさにそうした「生きた歴史」を記録した貴重な史料だった。


 その日から彼女は時々逸郎の家を訪れるようになった。地図の解読を手伝いそして逸郎から街の記憶を学んだ。明子の物語も彼女に伝えられた。


「この物語を記録に残しませんか?」と彼女は提案した。「忘れられた人々の声を後世に伝えるために」


 逸郎は静かに頷いた。


 恵子は丁寧な取材を重ね明子と和也の物語を一冊の本にまとめた。『桜木通りの記憶 愛に生きた女性の物語』というタイトルで出版され多くの人に読まれた。


 その本がきっかけとなり桜木通りには小さな記念碑が立てられた。そこにはこう刻まれている。


「この場所で愛がありました。斎藤明子その名を忘れません」


 記念碑の建立には多くの人が関わった。高城建設が資金と技術を提供し佐伯文具店の時子が場所を提供した。地元の商店街や住民たちも賛同し小さな寄付を集めた。それは明子の物語が多くの人の心に響いた証拠だった。


 記念碑の除幕式には予想以上の人が集まった。恵子の本を読んだ読者たち明子の同世代の女性たち現代の若いカップルたち。そして五十年前のことを知る地域の古い住民たち。


 時子は記念碑の前でゆっくりと話した。


「明子ちゃんはこの街を愛していました。そしてこの街の人たちに愛されていました。今日こうして皆さんが集まってくださったことが何よりもその証拠です。明子ちゃんの愛は決して無駄ではありませんでした」


 参列者の中に若いカップルがいた。男性が女性に小さな箱を差し出している。プロポーズの場面だった。明子の記念碑の前で新しい愛が誓われている。


 逸郎はその光景を見ながら思った。愛は確かに受け継がれていく。形を変え時代を超えて人から人へと。明子の愛もまたこうして新しい世代に伝わっていくのだろう。


 佐伯文具店の時子は毎月その記念碑に藤の花を供えている。そして道行く人々に時々明子の物語を語る。時子も既に八十を超えているが記憶は鮮明で語り口は澱みがない。


「語り継ぐことが私の使命ですから」


 時子はそう言って微笑む。彼女もまた街の記憶を守る証人の一人なのだ。


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