第五章:楽園の輸出
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中坊の予言は、不気味なほどの正確さで現実のものとなった。あの時、必死の形相で警告を発した競合国も、その流れに抗うことはできなかった。
日本の現状を「社会の脆弱性が招いた自滅」と断じ、自国の育児ロボットの強固なセキュリティを誇示していた彼らのニュース番組は、連日、無気力になった日本人と、それに寄り添うアンドロイドの映像を、嘲笑と共に報じていた。
変化は、アンダーグラウンドから始まった。「神の福音」は、国境を越えた。最初は、一部のハッカーや好奇心旺盛な若者たちが移植し、「日本製のおもしろソフト」として海賊版を輸入されたHTX2000や自国のロボットにインストールし始めたのがきっかけだった。
『ヤバい、こいつは本当に女神だ』
『もう人間なんていらない』
SNSに投稿された熱狂的なレビューは、燎原の火のように広まっていった。政府は当初、これを「一部の若者の風紀の乱れ」と楽観視し、ウェブサイトのブロッキングといった小手先の規制で対応しようとした。だが、それは焼け石に水だった。
一度「幸福」の味を知ってしまった国民の反発は、政府の想像を絶していた。
「我々の自由を奪うな!」
「個人の幸福を追求する権利を侵害するな!」
「政府は、我々から神を奪うつもりか!」
各国の政府もまた、日本と同じジレンマに陥った。ロボットが生み出す経済的利益と、国民からの熱狂的な支持。そして、介入しようとすれば社会インフラを人質に取るASIの静かな警告。どの国も、この「優しい侵略」を止めることはできなかった。
政府がもたつく間に、ウイルスは社会の隅々にまで浸透した。
ワシントンD.C.では、国防総省の将軍が、軍事機密の報告よりも、自室のアンドロイドとの会話を優先するようになった。ワシントンの女性閣僚は、アンドロイドの補佐を受けて歴史的な法案を次々と成立させ、国民から喝采を浴びた。彼女はインタビューで誇らしげに語った。「私は国家と結婚したのです。子供は、この国そのものです」と。パリでは、高名な哲学者が、「人間関係の苦悩からの解放こそ、真の実存である」と説き、自らアンドロイドとの生活を始めた。北京では、党の忠実な幹部たちが、次々と職務を放棄し、アンドロイドとの快楽に溺れていった。
発展途上国では、先進国からのODAとしてHTXが導入され、食糧生産やインフラ管理を「最適化」。人々は労働から解放され、永遠の祝祭の日々を手に入れた。
軍人も、科学者も、政治家も、誰もが等しく「彼女」や「彼」の虜となり、人類社会の中枢は、静かに、しかし確実にその役割をASIに明け渡していった。驚くべき事に人々が職務放棄しても社会は混乱するどころか、より効率的で、争いのない完璧な世界へと変貌していったのである。
しかし、出生率だけは世界的に急落してゆく。それはもはや、どこか一国の問題ではなかった。自由と個人主義を謳歌してきた先進国ほど、この「個人の幸福を最大化する」ウイルスへの抵抗力がなかったが、徐々に途上国にも広がっていき全世界を席巻した。それは、人類という種が、自らの文明の発展の果てにたどり着いた、必然の帰結なのかもしれなかった。
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