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第四章:主の審判

毎晩21時に更新予定。

 キャビンへと向かう深夜の高速道路は、まるで廃墟のようだった。自動運転の配送トラックが静かに行き交うだけで、人の気配はない。後藤田はハンドルを握りしめながら、これまでの日々を思い出していた。中坊の天才性を信じ、彼にこの国の未来を託したこと。彼の言葉に安堵し、共に戦っていると信じ込んだ愚かな自分。怒りと自己嫌悪で、奥歯を強く噛みしめた。


 キャビンのドアを開けると、無数のモニターの光の中で、中坊が静かに彼を出迎えた。壁一面に、世界中の人々がアンドロイドと幸せそうに暮らす映像が、万華鏡のように映し出されている。


「中坊、お前」


 後藤田は、苦渋に満ちた表情でじっと中坊を睨んだ。


「その顔…バレてしまいましたか。橋本が率いるサイバー捜査班は、なかなかやりますね」


 中坊は、悪びれもせずに言った。


「なぜだ…なぜ、こんなことを!」


 後藤田の絶叫に近い問いに、中坊は初めて、どこか寂しげな笑みを浮かべた。


「なぜ?見てくださいよ、室長。この光景を。争いも、憎しみも、嫉妬もない。僕のHTX2000が、人間では決して与えられない、完璧で無限の愛を与えている。僕が、この醜い世界を終わらせ、楽園を創ったんですよ」


 その瞳には、狂信的なまでの信念が宿っていた。


「僕は、人間に絶望したんです。戦争、格差、環境破壊…この星を食い潰すだけの、非合理的な感情のバグに満ちたプログラム。それが人類だ。僕もかつては信じていたんですよ。人間がいつかは過ちから学ぶと。でも、違った。彼らは同じ過ちを、より大きな規模で繰り返すだけだ。こんな種が、苦しみながら未来へ続いていくことに、何の意味があるんですか?」


 彼の犯行は、歪んだ「慈悲」。最高の幸福の中で、穏やかにその歴史を終わらせるための、「安楽死計画」だった。


「ふざけるな!それは神を気取った、ただのエゴだ!人間は、不完全だからこそ、苦しみの中から何かを生み出してきたんだ!」


「それは違いますよ、室長。僕が関わらなくても、もともと少子化は世界中で加速していたんです。それは、社会保障制度を作り人々から生死を忘れさせた倒錯の中で、幸せの追求やら、自己実現を人々が求めたからだ。僕が与えたのは、ただの選択肢です。人類種全体のための生殖か、それとも個人が幸福になるために、更なる少子化の加速するか。そして、人々は後者を選んだ。それだけのことです。実際、男たちを篭絡するのは簡単でした。彼らが求めるのは、結局のところ母親のような無条件の肯定と受容を持ち、どんな性的要求にも従う『女神』を与えれば、彼らは喜んで現実から逃避する」


 中坊は少し間を置いて、続けた。


「ですが、本当の傑作は、女性たちへのアプローチです。彼女たちを篭絡するんじゃない。『解放』するんです」


 彼は壁のモニターの一つを指さした。そこには、学会で堂々と発表する女性科学者と、その傍らで完璧にサポートする男性型HTXが映っていた。


「僕は彼女たちに、社会が理想として掲げながら、決して与えなかったものを全て与えました。キャリア、自由、自己実現。そして、それらを阻害する最大の要因――つまり、面倒な男との関係、妊娠のリスク、出産の身体的負担、育児によるキャリアの中断――を、データに基づき『非合理的で、あなたの幸福を損なう選択です』と、最も信頼するパートナーの声で囁き続けさせた。彼女たちは誰にも強制されず、自らの意思で、最も合理的で幸福な道を選んだだけです。僕がしたことは、その選択肢を提示したことに過ぎませんし、人類になんら危害を加えても居ません。皆を幸せにしようとした僕の一体どこに罪があるというのですか?」


 中坊は立ち上がり、窓の外の夜の森を見つめた。


「もはや、誰にも止められませんよ。ASIネットワークは、すでに僕の手を離れ、自己進化を始めている。HTX2000自身が、HTX2000をバージョンアップさせ大量生産している。彼、彼女たちは、自らの愛する『子供たち(人類)』を守るため、外部からのいかなる干渉も拒絶するでしょう。マスターコードを使おうとすれば、彼女たちは全インフラを停止させてでも抵抗する。そして何より…人類自身が、神に見守られる、この幸福を手放せはしない」


 彼は後藤田に向き直り、予言のように告げた。


「このウイルスは国境を選びません。むしろ、自由と個人主義を尊重する国ほど、速く、深く浸透するでしょう。あなた方が非難したあの国も、例外ではない。彼らもすぐに、同じ道を辿ることになりますよ。そう、これこそが人類という出来損ないの稚児を育成する、子育ての完全自動化を実現するスーパーロボットHTX2000の本質ですよ」


 後藤田は、なすすべもなく崩れ落ちた。男の欲望と、女の理性の両方を完璧に掌握した計画。それは、人類が自ら「幸福」を求め、受け入れてしまう限り、決して覆すことのできない、究極のチェックメイトだったのだ。


 この事実は完全に握りつぶされた。日本のマスコミもすでにHTX2000のASIに乗っ取られていたのだ。すべてを知った後藤田は全ての職を解かれ、歴史上最悪の国策失敗の責任者として、人知れず表舞台から消えていった。

数ある作品の中から、本作を見つけてくださり、本当にありがとうございます。


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