序章:降臨
これは、国を救うために『子育て』を捨てた、未来の物語。
滅びゆく日本が最後に選んだ禁じ手、それは『超次元の少子化対策』。
AIによる”子育ての完全自動化”計画だった。
プロジェクトを率いるエリート官僚・後藤田が生み出す未来は、楽園か、それとも地獄か。
(毎晩21時更新予定)
まるで深海のような静寂と暗闇が、東京国際フォーラムの巨大なホールを支配していた。選ばれた政治家、財界人、そしてメディア関係者たちが、固唾を飲んでステージ上の一点だけを凝視している。その視線が注がれる先には、国家の、そしてこの国の未来への最後の希望が立っていた。
このプロジェクトに反対した連中の、苦々しい顔が目に浮かぶ。「AIに人の、それも子供の未来を委ねるなど、倫理の崩壊だ」「人間の尊厳を冒涜する悪魔の所業だ」。そんな陳腐な言葉で、彼らは現実から目を背けた。だが、理想論だけでは国は救えないのだ。彼らが守ろうとしている「尊厳」とやらが、年金枯渇と社会崩壊の前にどれほど無力か。だからこそ、この計画に全てを賭ける必要があった。
「皆様、お待たせいたしました!」
突如、軽薄なまでの明るい声が響き、眩いスポットライトがステージ中央を撃ち抜いた。光の中に、人間と見紛うばかりの美しい女性のシルエットが浮かび上がる。会場のあちこちから、抑えきれない感嘆のどよめきが漏れた。
「ご紹介します。我が国が、いえ、人類が少子化という根源的な課題に打ち出した最終回答。次世代ASI搭載型ヒューマノイド、『HTX2000』です!」
司会の男が芝居がかった仕草でアンドロイドに近づき、その滑らかな頬に指を伸ばした。
「この再現度をご覧ください。人間の皮膚の弾性を完全に模倣した、多層構造の超柔軟性シリコン。内部には体温を36.5℃に維持する循環器システムも搭載。触れれば、そこにいるのが機械だとは誰も信じられないでしょう」
つままれた頬は、人間のそれのように柔らかく変形し、元に戻った。アンドロイドは、ただ無表情に正面を見据えている。その無機質さが、かえって不気味なほどの完成度を際立たせていた。
「それでは、歴史的瞬間です。HTX2000、起動します」
司会者の声と共に、彼女の瞳に淡い光が灯った。数秒のシステムチェックの後、硬直していた体から力が抜け、滑らかな動きで聴衆に向かって優雅に一礼した。関節の駆動音一つしない、完璧な動作だった。そして、合成音声とは思えぬほど自然で、それでいてどこか人間を超越した響きを持つ声が、ホール全体に響き渡った。
「私は子育ての完全自動化を目標に開発された、HTX2000。ASI、すなわち超汎用人工知能を搭載し、お子様一人一人の遺伝子情報、生育環境、学習パターンをリアルタイムで解析。それぞれに最適化された、オーダーメイドの養育プログラムを実行します」
彼女はゆっくりと顔を上げ、聴衆を見渡した。その瞳は、ただのカメラレンズではない。相手の表情筋の微細な動きや心拍数の変化を読み取り、感情を理解しているかのように、深く、澄んでいた。
「今日この日から、人類は子育てという根源的な重労働から解放されるのです。夜泣きも、癇癪も、教育の悩みも、もうありません。全て、私どもにお任せください」
万雷の拍手の中、一人の男が固く拳を握りしめていた。そうだ、これで日本は救われる。この国は、もう一度立ち上がれるのだ。彼の胸には、確信に近い熱い思いが込み上げていた。
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なお、毎晩、21時に更新予定です。
子育ての完全自動化を目指して開発された、スーパーロボット。これは現代の政府が現実におこなっている、あるもののメタファーとして設定しました。




