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華灯  作者: 華月
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便り


売られた日向の前に現れたのは誰かを愛して癒されたかった一人の男。


この遊郭は楽園なのか。それとも牢屋なのか。


男娼『華火』


今日も彼らは綺麗に咲き乱れる


華を咲かせて


俺は貴方の為に咲きます




華便りが届くのは秘密の切符を手にした証拠。


清廉潔白で無くていい。金と端正な顔があればいい。

でも誰でもいい訳ではない。


「華便り


今宵月が一番綺麗に見える時間にお迎えに上がります。必要な物は貴方様と純粋なお金だけ。肩書きなどは要りませぬ。他言無用で門の外にお立ちください。


華灯邸主 征示」


さて

値踏みをされているのは一体どちらでしょう?







その手紙が届いていたのは仕事が珍しく早く終わった午後五時。机の上にぽつんと置かれていた一通の手紙。

この家は俺しか住んでいないはずなのに何故家の中に手紙が。鍵もしっかりかかっていたはずだ。


「華便り・・・?」


今時珍らしい達筆で書かれたその手紙は花のいい香りがした。

悪戯と切り捨てるにはなにか引っ掛かる。

そもそも月の見え方なんて人それぞれだ。しかも今は初夏。秋の十五夜でもないのになんとも言えない。


あ。もしかしたらアイツなら知っているかもしれない。

他言無用とは言えどこんな怪しい手紙を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。

カマかけるだけだ。

ふと頭に浮かんだのは優しい笑顔を浮かべた白衣の男。電話帳に登録されている数少ない友人の一人。コイツも顔は良くて医者だから金もある。もしかしたら、な。




「もしもし、今大丈夫か?」

『あぁ。どうした?お前から電話なんて珍しいなぁ』

「華便り」

『え?』

「・・・いや、なんでもない。悪いな。じゃあ」

『えっ、ちょっ』



知らないか。アテが外れたな。


しかし一体誰が俺に送ってきたんだろうか。


「華灯邸主せい、じ?」


華灯?邸主と言うくらいだから屋敷に呼ばれたのか?

中々興味はある。明日は久しぶりの休みだ。少し暇つぶしがてら付き合ってみるか。久しぶりにわくわくした気持ちで明日を迎えられそうな気がした。







軽く夕飯を食べ風呂に入り書類に目を通す。

売上がどうにかもう少し上がれば・・・。いや、欲に走らずこのままで行くべきか・・・。

眉間に皺がより頭が痛くなる。ふぅ。偶には何も考えずに遊びたいね。



「あ・・・」



何気なく窓の外見るとそこには大きな満月。

そうだ、華・・・。ハッと我に返り時計を見ると午後十時半。


今宵月が一番綺麗に見える時間


今なのか?疑問を抱えながらも足は玄関に向かっていた。いつもなら外に出れないような寝間着の浴衣に突っかけの草履。髪もセットしてないのに。

玄関を出た瞬間、門に一人の長髪の男が現れた。


「真椰律希様。お迎えに上がりました」

「アンタは」

「失礼しました。私、華灯邸主征示と申します」


コイツが手紙の送り主か・・・。

そうニコリとした男は怪しいくらいにとても美しく、まるで人形のようだった。

長い髪を一つに束ね、着物を着こなす優雅な男。

なんだか自分が恥ずかしくなった。


「真椰律希様、大学卒業後起業したジュエリーショップが今やセレブ御用達の有名店。素材の宝石、デザイン、全てにこだわりオーダーメイドの特注品が売り。二十四歳と言う若さでトップに上り詰め、右に出るもの無し、今は一人暮らしで」

「ちょっ、ちょっと待て!なんだよそれ!」

「真椰様の情報ですが、なにか誤りが?」

「誤りじゃないが、なんでそんな俺のことを」

「大事なお客様ですから」

「お客・・・?」

「えぇ。これだけではなく、性格や家族構成、生い立ち交友関係など・・・華灯のお客様となるお方なので情報収集は欠かせません。信頼がないとやっていけませんので」

「なんでそんなことを!それより華灯ってなんだよ」

「今の段階ではお答えしかねますね」


つまり、客にならなきゃ詳細は明かせないと。

危ない所じゃないだろうな。


「どうしますか?裏取り引きなんてありませんよ。法にも触れませんし。ただ、少し癒しが欲しくないですか?」

「癒し?」

「そう。毎日毎日激務に追われ、気を抜いたら足元をすくわれるような気がして肩の力を抜くことも出来ない。回りは自分の顔や地位、財産目当て。ただくだらないことを話したい気の置ける人間は近くにいない。そうでしょう?」


こんなことを好き勝手言われて怒りが湧き上がるはずなのに、征示の言葉はすんなりと身体に入ってくる。

そうだ。俺は休みが、癒しが欲しい。

ただ気軽に喋れる友人や、俺自身を見てくれる人が。



「華火を咲かせてみませんか?」

「はな、び」

「そう。きっと貴方様は気に入りますよ。さぁ、行きましょう」


差し出された白く綺麗な形の掌。

そこに自分の手を重ねればひんやりとした感覚とあの花の匂いがした。


あの達筆を書いたのはこの人か。


そんなことをぼんやり考えながら花の匂いが強くなる暗闇へ足を踏み出した。

それから、あの子にあったのは俺が華灯に招かれてから二年と少しが経った頃のことだった。











「ごめんね、本当にごめんなさい。ごめんね」

「大丈夫だよ」


今まで聞いたことないくらいの数の謝罪をこの数日間に聞いている。それも自分の親から。

母はずっと謝り続け、父は険しい顔をしながら口を開かずに拳を握っている。弟は泣きじゃくりながらやっと部屋から出てきた。


「それでは行きましょうか」

「はい」


殴るのを躊躇うほど綺麗な顔をさせた男。麗人という言葉はこの人のためにあるんじゃないかと思うほどだ。


「征示さん、この子を、陽向をよろしくお願いします」


深々と頭を下げる母さんを見て泣きたくなる。

こいつだろ。全部仕組んだのは、俺たち家族を追い詰めたのは。俺たちは何も悪くない。頭を下げるのはこいつの方だろ!

口に出せない怒りは唇から溢れ出した血にじんわりと染み込んだ。


「ええ、勿論です。

・・・貴方は自分を傷つけないでくださいね」


口に無理矢理指を突っ込まれ歯を唇から離される。血を拭った征示の指はとても長くて白くて、自分の血でその指を汚してしまったことに罪悪感が生まれるほどだ。


目が合うと微笑まれ、体が石のように動かなくなる。綺麗すぎるものを見ると人間は言葉もなく立ちすくむことを俺は最近知った。

知りたくなかった事実を知らされたんだ。







「会社をクビ?借金の保証人が父さん?」

それはいつもと何ら変わりない日常。学校から帰宅した俺を待っていたのは暗い顔をした母と中学生の弟、そして帰ってるはずのない父に聞きなれない言葉。


口に出してみた言葉はしっくりこなくて実感もない。でもそれは確かに家族の笑顔を奪っていた。



「ちょっと待ってよ、どういうこと?クビって、しかも借金ってどこから」

「会社が倒産したんだ」

「だ、だからってなんで普通の会社員の父さんが保証人になんて」

「分からない」

「は?」

「・・・すまない、本当に、何も分からないんだ」


分からない。

分かったのは普通が崩れた事。一般的な家庭で普通に幸せでこんな普通がずっと続くと思っていた。

それが一瞬にして無くなったんだ。


「なぁ、これからどうなんの・・・俺たち死ぬの?」

「深月・・・」


深月の口から出た軽いような重たいそれ。

死ぬわけないと笑い飛ばせるほど楽観的に考えられる状況ではない。


「すまない」

「そんな、あなたが謝ることじゃ」

「そうだよ、父さんだって分かんないんだろ?もしかしたら間違いってことだってあるかも」


ピンポーン


場違いなインターホンの音がリビングに響いた。

母さんがいつものように玄関に向かう。


「陽向座れば」

「・・・兄ちゃんって呼べよ」


いつものやり取りも何かぎこちない。

これから俺たちはどうなるんだろう。夜逃げ?野垂れ死に?ヤクザとかに売られるのか?

良い方向に転ぶことは絶望的なのか。



「あの、あなた。お客さんよ」

「・・・誰だ」

「征示さんっていう方が、今回のことで話があるって・・・」

「誰かは分からんが通してくれ」


藁にもすがる思いだったんだろう。間違いだって伝えに来てくれた人だって思ってた。俺たちを助けてくれるって。


「初めまして。突然の訪問お許しください」

「いや、とんでもない。座ってください」

「ありがとうございます」



颯爽と現れたその男は和服姿に長い髪を束ねていた。

征示と言われる男はにこりと微笑むとイスに腰を下ろした。こんな美人にあったことない。性別とか馬鹿馬鹿しくなるような綺麗な人。この人が俺たちを救ってくれる女神なんだとか、その時は本当に思うくらいに参っていた。



「えっと、なにかお話があると」

「はい。すみませんが時間がありませんので単刀直入に申し上げますと、そちらのお子さんのどちらかを頂けますでしょうか」


お子さんのどちらかを頂けますでしょうか


それって、俺か深月のどっちかを連れていくってこと?


「は・・・なにを」

「これは冗談ではありません。貴方がたは職も財産も未来も失い、挙句の果てに一生を掛けて返済できるかどうかも分からない額の借金を負っていますよね」

「それはっ」

「ですから、一人私に頂けるなら貴方がたの未来を約束しましょう」



硝子が弾け散る音が頭の中に谺響する。実際に母の手から落ちた湯のみが無残に砕け散っていた。


「冗談じゃありません。うちの子を、陽向と深月で私達の未来を買うくらいなら死んだ方がマシです!」

「その大切な子達の未来を奪うのは誰ですか?」

「何言って」

「一人、犠牲なれば三人が助かる。このまま一家心中する気で?」

「ふざけないで!!」



母さんが今まで見たこともない剣幕で声を荒らげている。対照的ににこやかに淡々と話す征示。

父さんは惚けていて深月は---・・・

何かを覚悟したように俺を見ていた。


嫌な予感がした。

ダメだ。深月、お前はダメだ。

頭の悪い俺でも理解出来た。俺たちどっちかがコイツに従えば家族は助かる。

その上、明日からの毎日も保証される。

それなら俺たち兄弟がやらなくてはいけないことは一つ。



でも、行くのはお前じゃない。



「俺が」

「俺が行きます」


深月の言葉を遮り前に出る。


「おい陽向!」

「兄ちゃんって呼べっていってるだろ」

「こんな時にふざけんなよ!!」

「お前こそふざけんな!」


深月の胸ぐらを掴み顔の高さを合わせる。


「おい!離せよっ」

「深月、よく聞け。俺はお前に勝てることがあるとすれば身長と年くらいだ。あと喧嘩」

「ひ、なた・・・?」

「お前は頭もいいし、俺より将来有望だしモテるし・・・お前はダメだ。まだ未来がある」

「そんなん陽向だって」

「俺は頭も悪いし、夢もないし。家族を守れんならそれでいい」


ぱっと手を離すとそのままへたり込んだ。俺を見上げる弟は幼くて、こいつが覚悟を決めることがどんなに怖いことだったか。男前な性格しやがって。

頼りない兄ちゃんでごめんな。



「俺が行きます」



そう告げ、真っ直ぐに征示を見る。

ゆっくりと優雅な動作で体ごと俺に向ける征示。

初めて目が合った瞬間、優しい笑顔の中に怖いくらいの狂気を感じた。


コイツが俺たちを嵌めたんだ。


直感的にそう思った。

考えてみれば可笑しいじゃないか。会社の人間じゃないのに倒産の事を知っていて、連帯保証人になったのがうちで返せる当てもないことも。

しかも最初からコイツの目当ては俺か深月。


こいつが仕組んだとしか有り得ないだろ?



「陽向くん。分かりました、では三日後迎えに来ますね」

「・・・はい」

「では、失礼します」


満足気にあっさりと帰ろうとする征示。

これで確信した。コイツは女神なんかじゃない悪魔だ。



「陽向をどうする気だ!」

「・・・おや、黙っていらっしゃったのでお父様は賛成なのかと思っていましたが、そうではないようですね?」

「っ!こんなこと許されるわけないだろう!」

「こんなこと?私は提案しただけで決めたのは陽向くんですよ」

「あんな理不尽な提案」

「死にたいんですね?」


死ぬ。

この提案を受け入れなければ死ぬしかない。


征示の顔から笑が消え、鋭く冷たい目つきだけが父さんに向けられている。



「何事にも対価が必要なんですよ。お代を払わずに生きていけるほど甘くはないということ、まさか分からないなんていいませんよね。

・・・さて、陽向くん。貴方はどうするつもりで?」



お前がどうにかしろと目で促される。

俺が、俺がどうにかしなくちゃ。



「・・・父さん、母さん、深月。俺、行くよ」

「陽向!!」

「征示さんの言う通りだよ。俺が行くことで皆が助かるならそれでいい。征示さんも俺を悪いようにはしないんでしょ?」

「えぇ、勿論。不自由は一切させませんよ。様々な誓約書類については明日までにお届けします」

「ほら、だから大丈夫だって。俺、馬鹿だからいつも怒られてばっかだけどさ、役に立つでしょ!」


いつも見たいに笑っておく。

俺が普通にしないと。皆笑ってくれよ。

じゃないと、怖くなっちゃうじゃん。



「失礼しますね」



もう誰も征示を引き留めなかった。

パタンと遠くから玄関の扉が閉まる音が聞こえた。

残ったのは酷い顔をした俺たち家族と花の匂いだけ。




「・・・俺は、嫌だ。陽向が居なくなるなんて嫌だ!!」

「深月」

「なんで、なんで陽向なんだよ。なんで俺たち家族なんだよ。おかしいじゃんか!」

「すまない。皆、すまない」

「父さんも謝んなよ!悪くないんだろ!?」

「深月落ち着け」

「っ落ち着けるわけないだろ!お前売られんだぞ!」


売られた。そうか、俺は売られんだ。

深月が息を呑む音と母さんの嗚咽が頭に響いた。

頂きたいなんて、如何にもな言い回しだ。

俺はもう帰って来れないんだ。

そうか、自ら売られんだ。


「大丈夫、大丈夫だよ。俺、強いからさ」





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