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【初作品】DAO ~私鋳貨と異形による国家崩壊~  作者: Geppetto
Demons Are Operating ー 悪魔の手引き
96/108

92(救済)

 王城の西棟。かつては栄華の象徴であった回廊が、今や瘴気に満ち、血と臓腑の臭気が充満していた。

 討伐軍が突入を開始する。


「突撃――!続けッ!」

 ベルドの号令とともに、クラウス、ダグラスらを先頭に城内へとなだれ込んだ兵たちは、狭い石造りの廊下を進み、待ち構えていた第四世代のゼレファスに襲いかかられた。


「狭い空間ならこちらが有利なはずだ……!」

 そう誰もが信じていた。しかし、その希望は一瞬で裏切られる。

 膂力に優れたゼレファスは、兵士の盾を粉砕し、刃を受けても構わず振り回す尾で吹き飛ばした。壁に叩きつけられた兵士が一人、二人とその場で動かなくなる。


「くそっ、ここで押し返すぞ!」ダグラスが吠え、槍で第四世代の一体を突き上げる。弱点と思われる眼を狙っていたが、わずかに外れた。それでもその力強い一撃にゼレファスは体勢を崩し、別の兵が背後からとどめを刺した。


 ダグラスは一瞬の隙に、別の個体へ駆け寄る。「下がってろ!」と味方を庇い、剣で尾の動きを封じ、脇腹へ深く刃を入れる。「一匹、殺ったぞ!」と叫び、周囲を見渡すと、既に三体目への対応が進みつつあった。


 ベルドはその中央にいた。銀の剣を背に負い、短剣を手に聖句を静かに唱える。その声は確かに響き、空間を震わせた。ベルドが詠唱を終えると同時に、短剣がまっすぐ飛び、ゼレファスの胸部に突き刺さる。

「――“天名により、命を封じる”」

 まるで意志を断ち切られたかのように、ゼレファスの動きが鈍り、兵たちの刃がその身を断ち切る。


 だが、それは嵐の前の静けさだった。

 奥の礼拝堂入口を砕くようにして現れたのは、第三世代――これまでの個体よりも一回り、いや、二回りも大きい。


「うわあああああっ!!」

 悲鳴とともに数名の兵士が薙ぎ払われ、壁へ叩きつけられた。次の瞬間、咀嚼音とともに一人、また一人とその身を喰われていく。


「……化け物め」

 ダグラスが呟いたその声は、震えていた。アルデマンとの戦いで感じた興奮とは違う。これは、死を目前にした者だけが抱く純然たる恐怖だった。

 それでも、彼は逃げなかった。剣を構え、迫り来るゼレファスの攻撃をかわし、ベルドの前に立ちはだかる。


「お前に手は出させねぇ……!」

 クラウスも駆けつけようとするが、第三世代の威圧感に圧され、動けない。全身が強張り、渇き、手が震える。目の前の異形を前に、彼の足は凍りついたように動かなくなった。


 ゼレファスの尾がクラウスに向かって振り下ろされる。

「……ッ」

 その一瞬、ダグラスが飛び込んだ。剣で尾を弾き、クラウスを庇うように体を張った。


「ダグラスッ!!」

 響く叫びとともに、彼の身体がゼレファスの牙に喰われる。胸を、腹を、肉が千切れる音が重なる。


「グ……ボッ……」

喉の奥から、潰れたような音が漏れた。ダグラスの口元から真紅の血が溢れる。


――その瞬間、クラウスの何かが、音を立てて壊れた。

「あぁぁぁぁああああああ!!」


全身の力をその腕に込める。

振りかぶった剣は、痛み、悔恨、義憤を纏った刃となって――

ゼレファスの単眼へと、まっすぐに突き立てられた。


「――ッギ、アアアアアアッ!!」

甲高い悲鳴を上げ、異形の巨体がのけぞった。

血飛沫が弧を描き、クラウスの頬に熱い線を刻む。

恐怖の残滓は、もうどこにもなかった。


「滅せよ――ッ!!」

 続いて放たれたベルドの剣が、祈りと共にゼレファスの心臓を貫いた。第三世代の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。


 その刹那、クラウスの体がよろめく。

「クラウス……!」ベルドが駆け寄った。彼の腹には尾の先端が深々と突き刺さっていた。だが、動きはなかった。ゼレファスはもう、分体能力を失っていたのだろう。


「ベルド……神は……赦してくれるだろうか……償うことができただろうか……」

クラウスはベルドを見つめた。その真剣な眼差しは、まるで祈るようだった。


「神は、お前の行いも、苦しみも、悔いもすべて見ておられる。赦されぬ者など、この世にはおらぬ。……神の御前に、汝の罪を赦さん」


 ベルドは静かに祈りを捧げ、血まみれの手でクラウスの額を撫でた。

 クラウスの瞳から光が消える。命の灯が消えたあとも、その瞳は何かを語っていた。ベルドは静かに、そしてその語りを受け止めるように、ゆっくりと瞼を伏せた。

 瞳を静かに閉じたのは、神官としての赦し、そして同志としての歩む覚悟だった。


 戦場は、一瞬だけ静寂に包まれた。

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