85(悲誓)
リオスは、辺境にある小さな集落〈トゥエラ村〉で育った。大地に根ざし、恵みと共に生きるその村は、物資こそ乏しくとも、互いに助け合う精神に満ちており、人々の顔には常に穏やかな笑みが浮かんでいた。
両親、そして姉との暮らしは、何にも代えがたい宝物だった。村の友人たちと木剣で剣戯に興じ、野に出ては弓の練習を繰り返す日々。リオスの中に宿る戦技の才は、その頃から既に光を放ち始めていた。
やがて青年となったリオスは、村一番の狩人と称されるまでに成長する。獲物を仕留める精度、動きを読む勘、静かに歩む脚――どれも他の追随を許さなかった。
だがその優秀さは、やがて村の中で力を持つ者たちの妬みを買うことになる。些細ないざこざは誇張され、根も葉もない噂が流れ、目に見えぬ圧力がリオスを覆っていった。
そして、ある夜。リオスは意を決し、村を出る決断を下す。家族に別れを告げ、己の力で生きるために。
それから数年。傭兵として各地を巡っていたリオスは、ある日、かつての仲間から耳を疑うような話を聞く。
「おい……あのトゥエラ村、壊滅したって話だ……何者かに襲われて、全滅したらしい」
血の気が引く音が、自身の中で響いた。
走るようにして村へ戻ったリオスが目にしたのは、想像を絶する光景だった。
家々は崩れ落ち、かつて清らかに流れていた小川は泥にまみれ、あたりは腐臭と死の気配に覆われていた。
家族が住んでいたはずの家もまた、無惨に崩れ落ちていた。中に残されていた腐敗した死体を前に、リオスは膝から崩れ落ちる。
誰の骸なのか、もはや判別はつかなかった。けれど、その無念だけは、確かに肌で感じられた。
涙を堪えながら、彼は村を清め、残った骸たちをひとつずつ丁重に火葬した。その手は震え、心は泣き叫んでいた。
以後、リオスは生きる意味を見失い、自暴自棄のように各地の戦乱へと身を投じていく。生に未練を抱くこともなく、死へと駆けるように剣を振るう日々。
そんなある戦地。西方の小国での激戦の最中、リオスは敵軍の包囲により窮地に追い込まれる。死を覚悟した刹那、彼の背後に立った一人の男が、瞬く間に敵を討ち払った。
「……死にたくなければ、剣を抜け」
それは、青黒傭兵団の団長――ゲルハルトだった。
戦後、ゲルハルトはリオスの元を訪れ、黙って酒を差し出した。無言のまま時を過ごし、ようやくリオスが語り出す。村のこと、家族のこと、何も守れなかった自分の無力さを。
ゲルハルトはじっとその話に耳を傾け、やがて静かに言葉を漏らす。
「……辛かったな」
それは、リオスが一番求めていた言葉だった。
「これから、どうするんだ?」
答えを出せずにいるリオスに、ゲルハルトは真正面から向き合い、語りかけた。
「お前の腕は、ただの殺し合いに使うには惜しい。ウチに来い。強くなれ。――もう二度と、大切なものを失わないように」
リオスはしばらく俯いたまま、拳を握りしめ、やがて静かにうなずいた。
この誓いだけは、決して裏切らぬと心に決めて。