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【初作品】DAO ~私鋳貨と異形による国家崩壊~  作者: Geppetto
Demons Are Operating ー 悪魔の手引き
88/108

84(焦慮)

 北西の山中、澄んだ空気が張り詰めたような静寂の中で、ヴァレンティウスの旧宅に篭るひとりの男が、深く呼吸を整えていた。


 ベルド――かつて王国の神官長として多くの信徒を導いた男は、今や己の未熟さを恥じ、再び信仰と修行の原点に立ち返っていた。

 山の風に薬草と湿った土の匂いが混じる中、彼の額に汗はなく、まなざしはただ、遥か南方、王都の方角を鋭く見据えていた。 


 「……ついに顕現したか」


 低く絞るような声。だが、その声には迷いはなかった。

 瘴気にまみれた大気とは異なる、さらに深い負の澱のような気配が、風の層を這うようにベルドの感覚に触れていた。


 銀の法剣、聖槌、投擲用の短剣――いずれにもゼレファスの名が、神に背く悪名として逆向きに刻まれている。それらを腰と背に携え、ベルドは静かに仲間たちへ顔を向けた。


 「準備は整った。――ゼレファスを、始末しに行く。皆、ついてきてくれるか?」


 神官たちは、言葉を返すよりも早く、まっすぐに頷いた。


 「当然です、ベルド様」


 そのとき、山道を駆け上がるようにして数人の兵士が姿を現した。シグルド王子の私兵である。


 「ベルド様、ご報告です!」


 彼らが伝えたのは、礼拝堂での惨劇、悪魔の襲撃、王都の崩壊的状況――。

 ベルドは目を伏せ、ひとつ息を整えると、小さく頷いた。


 「分かった。……殿下のもとへ案内してくれ」

 


***



 王国東南、国境近く。

 かつてレオンたちが東方帝国へ向かう際に一度立ち寄った中継地――サンデル村は、かつての面影をすっかり失っていた。


 遠目にも分かる。黒ずんだ煙の尾が風に乗って伸び、荒れ果てた屋根や破壊された柵が、どこか「喰われた」ような印象を残していた。

 村を包む空気は重く湿っていた。土の匂いとともに、焦げた肉や獣臭、そして何より血のにおいが漂っていた。


 「おい! やばい気配がするぞ」


 最も先に異変に気付いたのはザモルトだった。即座に周囲に警戒を促す。


 「こりゃぁ……全員殺られてんな。絶対に一人になるなよ!」


 歩を止め、周囲を見渡したリオスが、静かに口を開いた。


 「……妙な風です。腐臭に混じって、焦げた石灰と……血の匂い。それに、どこかで嗅いだことのある、死んだ動物の腐乱臭……」


 言葉は冷静だが、その表情は険しい。以前、彼がいた辺境の村でも似た匂いが立ち込めた事があった。村人が皆殺しにされていた――あの忌まわしき日。


 「調査は俺が指揮する」


 ゲルハルトが前に出て、即座に陣形を組むよう指示を飛ばす。


 「イレガン、ザモルトは先頭。リオスと俺が後衛で追う。レオン様とバロムは荷の側。エメルは、隠れていろ。物音一つ立てるな」


 「ひ、引き返そうよ! ここ、もう人の住む場所じゃない!」


 エメルが半泣きになりながら情けなく叫ぶ。傍らのバロムが無言で肩を叩き、静かにうなずく。エメルはしゅんとしながら、後ろの荷の影に身を隠した。


 「クラウスやミリアたちは……大丈夫なのか?」


 レオンがぽつりと呟く。呪いか、瘴気か、あるいはそれすらも超えた何かが、王国を蝕んでいるのか。王都は、無事なのか? 皆はうまく避難できたのか? 頭に渦巻く不安の数々が、胸を締めつける。


 「よそ見すんな。まずは自分の命を心配しとけ」


 ザモルトの軽口に、レオンがわずかに苦笑を浮かべる。

 風が変わった。土埃に紛れて、焼け焦げた何かが鼻を突いた。


 ――サンデル村は、もう目と鼻の先に迫っていた。

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