77(結集)
王国の隠れ家、重厚な石造りの扉が軋む音を立てて開く。中に足を踏み入れたマウリクス・バルハイム侯爵は、厳しい面持ちのまま、奥の間へと進んだ。
そこには、簡素な椅子に腰かけていた一人の青年がいた。ルヴァ――いや、現在は身を隠している元王子シグルド・アズヴァルドである。
「……私が描いた策ではございましたが、申し訳ありません」
マウリクスは頭を下げ、低く告げる。「レオンの捕縛は果たせませんでした。奴らはそのまま東方帝国へと向かっております」
シグルドは腕を組み、しばらく沈黙していたが、やがて小さく笑った。
「よいよい、顔を上げよ、マウリクス。すべてが思い通りに運ぶなど、誰も思っておらぬ。だが……道筋は、ようやく見えてきたようだな」
そこへもう一人の影が現れた。ヴァルド・レヒトン財務卿が護衛を数名連れて姿を見せる。
「間に合いましたか、殿下」
「ちょうどよいところだ。……お前には、無理を言って済まなかったな、ヴァルド」
「……牢に入るなどと仰られた時は、血の気が引きました。しかし……いま思えば、あれが最善だったのでしょう」
ヴァルドは膝をつき、静かに頭を下げる。マウリクスも同様に跪き、耳を傾ける。
「レオンは国外。クラウスとミリアは互いを信用していない——というより、ミリアが狂信の道を……民は怯え、嘆き、血に染まった神の名に膝を折っている……このまま見過ごすわけにはいかぬ」
シグルドはゆっくりと立ち上がった。その瞳に宿る光は、かつての王アズヴァルド三世とよく似ていた。
「ならば、我らが行こう。王の血を引く者として、王都を、民を、取り戻すのだ」
「……ついに、殿下が立たれるのですね」ヴァルドが問いかける。
「ああ。時は満ちた」
そして――
「返り咲こう。正統なる王家の名のもとに、かの玉座へと」
二人は二人は目を見合わせ、強く頷いた。
「では、計画通り明日の夕刻までに兵を整え、王城へ向かいましょう」
マウリクスは目を伏せて呟いた。「殿下……王都には、未だ味方が残っております。クラウスの私兵や傭兵たちにも不満があると聞きます。必ずや我らに風は吹きます」
「よかろう」
シグルドは静かに剣に手を添えた。まだ使い慣れぬそれを、確かめるように。
「これからは……私の戦だ」