74(昂揚)
サンデル村に着いたレオン一行は、傷を癒す暇もなく、次なる危機への備えを強いられていた。
「奴ら、まだ来ると思うか?」と、バロムが焚き火の前で唸るように言った。
「確実に来るな」と即答したのはザモルトだった。「奴らが引き下がる理由がねぇ。それに、襲撃に失敗した報告が届きゃ、今度は数を増やして来る」
「……じゃあ、やるのか? 迎撃か?」
「罠だよ」と、ザモルトは笑った。「サンデル村の北東に、乾いた浅瀬と古い羊道がある。そこに誘導できれば、ひと暴れしてから国境越えって寸法だ」
ゲルハルトが頷く。「地形が使えるなら、それに越したことはない」
その晩、レオンたちは村北東の小さな納屋を拠点に、簡易の防壁と落とし穴、遮蔽物を設けた。ザモルトが主導し、イレガンとリオスが静かに作業を補佐する。
翌日、予想通り、追手が姿を現した。
「来やがった……見えるか? 旗なし、人数は二十前後。中央がやけに仰々しい鎧だな」
カレリアが木陰から小声で囁く。
「隊長格ってとこ?ひとつ、歓迎の矢でもいかが?」
カレリアが軽やかに笑うと、一本の矢が空を切り、隊長格の兜の縁をかすめた。奇襲の合図だった。
ザモルトが吠える。「今だ、囲め!!」
落とし穴に踏み込んだ私兵が悲鳴をあげ、背後から迫ったイレガンの槍が敵の脇腹を抉る。リオスは後方の敵兵を一人ずつ正確に射抜き、馬を暴れさせると、ゲルハルトが隊長格へ突撃した。
「王に牙を剥いた罪、ここで償え」
鋼の剣がぶつかり、火花を散らす。敵将の剣技も確かだったが、ゲルハルトの押しは凄まじく、三合目で膝をつかせた。
「覚えておけ。例え命令であっても、斬るべきではない人間がいる」
その言葉と共に、一閃。
残った敵は数名にまで減り、ザモルトが背後から蹴り倒して捕縛。カレリアの矢が最後の逃走者の足元に突き刺さった。
「ねぇ、逃げ足だけは速いのね!」
森が静寂を取り戻す。
「終わり、か……」とレオンが呟いた。隠れていたエメルが、木陰からそろりと姿を現した。
「ま、また出番なかった……」
「それでいいんだ」とリオスが話す。
ゲルハルトが小さく頷いた。「さあ、時間はない。国境へ向かうぞ」
***
数時間後、一行は東方帝国との国境付近にたどり着いた。そこは広く拓けた草原地帯で、丘の向こうには帝国の監視塔が見えた。
「ここを越えれば、追手の手は届かん……ただし、油断は禁物だ」ゲルハルトが呟いた。
「警備の目もあるけど、それが今は逆にありがたいわね」とカレリア。
レオンは一行を振り返り、深く頷いた。
「行こう。ネミナはきっと帝国で生き延びている――」
そして彼らは、帝国の風を感じながら、静かに草原を越えていった。