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【初作品】DAO ~私鋳貨と異形による国家崩壊~  作者: Geppetto
Demons Are Operating ー 悪魔の手引き
77/108

73(突破)

 ――馬を止めさせ、囲んで各個撃破。それがもっとも現実的だ。

 一般に、重警戒下にある馬車隊を狙う際は、まず進行方向を遮断し、混乱を誘発するのが定石だ。騎乗者を狙った矢を数本放ち、馬を暴れさせれば、隊列は乱れる。その瞬間、伏兵が側面から襲撃をかけ、護衛と混戦に持ち込む。暗殺者にとっては、刃を交える中で標的を探り、致命傷を与えることが重要だった。


 そして、まさにその条件が整う場所が迫っていた。

 午後の陽が斜めに差し込む峠道。両脇には岩が突き出し、車輪がきしむ細道が続く。樹々は鬱蒼と茂り、上からの視界も限られていた。

 ザモルトが気配に眉をひそめた。

 「……この静けさ、嫌な予感がする。丘の斜面に空間――気配がある……俺ぐらいになると、嫌でもわかっちゃうんだよなぁ」

 イレガンも即座に反応する。「斥候か伏兵……」

 「隊列、縮めてくれ」リオスが低く言い、カレリアが後方から馬を早めた。

 「私もおかしいと思った」

 レオンは馬車の内から顔を出し、ゲルハルトに囁く。「これは来るな」

 「ええ、間違いなく。……射線に注意を」ゲルハルトは短く頷くと、荷に寄り添うエメルをかばうように身をずらした。


 そのときだった。

 先頭を行く荷馬車が、急にガクンと車輪を跳ね上げた。地面に掘られた浅い溝に気づいた時には、もう遅かった。

 「構えろ!」

 イレガンが叫ぶよりも先に、矢が森の中から一斉に飛来した。一本、また一本。護衛の一人が肩を貫かれて馬から転げ落ちた。

 「伏兵だ! 囲まれるぞ!」

 ザモルトが抜刀しながら叫ぶと同時に、左右の茂みから黒衣の男たちが飛び出す。皮鎧に黒い外套で身を包んだその一団は、まさしくマウリクスの私兵だった。


 レオンは素早く馬車の扉を押し開け、指示を出す。

 「エメル、伏せろ! ゲルハルト、周囲を押さえて!」

 「了解!」ゲルハルトは即座に剣を抜き、接近してきた襲撃者の剣を受け止め、押し返した。

 イレガンは抜刀すら見せず、背後から迫ってきた刺客の脇腹を素手で打ち据えたかと思うと、そのまま無音で蹴り飛ばす。

 「くたばれ」といつもの調子で呟きながら、次の敵へ視線を向ける。

 カレリアは馬の背から矢の射手を警戒し、前線から少し下がって弓を構えた。

 「派手にいくわよ!」

 混戦の中、ザモルトは後方の岩陰へ向かって投擲用の短斧を放った。「斥候、排除!」

 リオスは剣を両手に構えて切り込んでいく。

 商隊の護衛たちにも応戦していたが、マウリクスの私兵たちは素早く、早くも数人が切り伏せられていた。

 「まさか場所まで特定しているとはな……」

 ゲルハルトはレオンに駆け寄り、「防戦しながら、後退路を確保します」と冷静に指示。

 レオンは頷く。「了解。……あの分岐まで一旦引いて、立て直すか」


 激しい剣戟の音と、叫び声が森の峠道に反響していた。

 敵の数は残りおよそ二十名。見事な奇襲だったが、レオン一行の警戒はそれを上回っていた。

 「突破口、あの岩陰だ!ザモルト、援護を!」ゲルハルトが指示を出す。

 「任せな!」ザモルトが返すやいなや、短剣を片手に突撃し、正面の敵を斬り裂く。

 ゲルハルトは盾を構え、レオンの前に立ちはだかるように斬り込んできた私兵を受け止める。その動きは剛健で、敵の勢いを一度に殺すような迫力があった。

 「後方警戒、イレガン、リオス、任せた!」

 イレガンは無言で頷くと、飛び込んでくる刺客の喉を拳で突き、足払いからの背負い投げで地に沈めた。

 「殺っちゃ駄目なんていわれてないでしょ?」と、カレリアが呟く。指先から弓を引く音が一閃。矢は私兵の膝を正確に射抜き、動きを封じた。


 混乱の中、馬車の横ではバロムが身体を起こし、血の気の引いた顔で叫んだ。

 「やばい、来るぞ!左の丘から――!」

 エメルが悲鳴をあげて身を屈める。だが、その直前にリオスが宙を舞い、刺客の顔面に蹴りを食らわせていた。

 「エメル!こっちに来い!動くな!」

 「は、はいっ……!」


 やがて戦線はじりじりと後退を始める。レオンはゲルハルトに守られながら、馬車の隊列の陰に身を潜めると、深く息を吐いた。

 「……あとは突撃で一掃されるのを待つだけかと思ったよ……」

 「こっちもそろそろ限界だ。全員、突破準備を!」

 リオスが高く口笛を鳴らすと、イレガンが進路上にいた敵を一掃し、後方にスペースが開いた。

 「今だ!下がれ!」

 数分後、彼らは峠を抜け、坂道を一気に駆け下りる。

 追手は、護衛の数が予想以上に多かったこと、そして想像以上に訓練されていたことで混乱し、深追いを断念せざるを得なかった。

 サンデル村の村門が見えてきたのは、陽が傾き始めた頃だった。


***


 サンデル村。石造りの古い門を抜けると、赤茶けた屋根と白い漆喰壁の家屋が並ぶ。空気は乾いていて、山の冷気が村を静かに包んでいた。

 「……なんとか着いたな」

 ゲルハルトが馬を下り、深く息をつく。

 案内されたのは、村の一角にある厩舎付きの宿屋――表向きは「商人向けの中継所」として機能していたが、裏では信頼ある者だけが使える休憩と情報の拠点だった。


 「お前ら……今回は本当に危なかったな。だが、よくやった」

 ザモルトが、額の血をぬぐいながらぼやく。

 「……レオン、無傷か?」

 「かすり傷もない。みんなが守ってくれたおかげだ」

 「そうか。……ならよかった」

 バロムはベンチに腰掛けて大きく息を吐いた。エメルは早速、好奇のままに視線を泳がせ、あちこちを気ままに巡っていたが、リオスに首根っこを掴まれた。

 「今日は休め。な?」

 「……はい……」

 彼らはひとまず宿の二階へ通され、短い安堵と、次なる展開の備えの中で、静かな夜を迎えようとしていた。

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