72(凶手)
薬草の匂いが漂う中、レオン一行は準備を整えていた。リシェラの手による、正規通行許可証を持つ交易商──エドワルド・カルヴァン宛の紹介状が出来上がった。
「――では、この紹介状を見せれば、おそらく護衛を装って商隊へ同行できるはずです」
リシェラは言いながら、封蝋に指を当て、ほんのり微笑む。
次の日、正午を少し回ったころ、一行はガルドランにたどり着き、ある屋敷を訪ねた。重厚な木戸をノックすると、エドワルドが快活に現れる。彼は中肉中背、深褐色の短髪に無精ひげ。商人特有の厚手コートと革手袋が特徴的な男で、王都でも名の知れた交易商だった。
「リシェラ様の御紹介ですか。お待ちしておりました!」
紹介状を手渡すと、エドワルドは中身を眼で追い、にっこりと頷いた。
「ふむ。これは間違いなく本物だ。護衛として同行は可能ですが――絶対に顔を知られてはなりませんよ。交易商と共に行く“品物”だと思われるのがよろしい」
レオンが真顔で返す。
「わかりました。その上で、隊列には決して隙を作りません」
エドワルドは軽く拍手し、先を告げた。
「明日の朝早く出発予定でしたが、昼過ぎに出馬すれば、中継地であるサンデル村には日暮れまでに着ける見込みです」
一行の緊張は解け、感謝の声がこだまする。
「ありがとうございます。貴方の信頼に応えます」
エドワルドがふと笑いを浮かべ、尋ねる。
「ところで着いた先、東方帝国で拠点が必要じゃないですか? 安く寝泊まりできる場所なら心当たりがありますが、どうです?ご紹介しましょうか?」
仲間たちが一斉に顔を見合わせ、嬉しげに頷く。
「ぜひお願いします!」
***
しかしその頃、暗い影が動いた。
南方へ向かう一行の足取りを追っていたマウリクスの刺客が、情報源へ辿り着いていた。エドワルドの屋敷近くを調査し、暗殺態勢もすでに整いつつある。
「商隊に紛れ込んだ“王”一行か――」
命令を受けた刺客は、冷たい眼差しを浮かべながら夕闇に消えた――。
***
早朝、王城内。
レオン一行の情報は、早馬によってすぐさまマウリクスに伝えられていた。
「東へ向かうのは予想外だ。奴が南にいる今しかない。追手を急がせろ。ガトラント領内で“事故”を演出する」
マウリクスは一枚の地図を指差した。そこは交易路の分岐点――馬を止めさせるにうってつけの場所だった。
「“護衛”に紛れているとなると、強引に殺るしかあるまい。馬を止めさせ、一気に包囲して射抜け」
刺客のひとりが口を挟んだ。
「ですが、レオン一行の馬車は三台。荷の量は少なく、旅人風の扮装ではあるものの、並の護衛より動きが鋭いと……」
「ふん、ならばなおさら囲むしかない」
マウリクスは苛立ちを隠さず、拳を机に叩きつける。
「護衛同士の戦闘に見せかけろ。正規通行証があろうと、死人に証明はできん」
***
一方そのころ、レオン一行はエドワルドの指示通り、昼過ぎに旅路へと出発していた。
列は馬車三台を中心に構成されていた。馬車には交易品が多く積まれ、それぞれが布に覆われていたが、中には調理器具や乾燥薬草、金属部品などがちらりと覗く。
レオンとゲルハルト、バロム、エメルはそれぞれ馬車に随行し、交代で荷を監視していた。武装こそ控えめだったが、目線と姿勢に隙はない。
一方、隊列の外側にはイレガン、ザモルト、リオス、カレリアが散開。彼らは馬を乗りこなして常に外周を監視しつつ、隊列の死角を埋めていた。
ザモルトが小声でつぶやく。
「……本気で襲う気なら、あの分岐道が怪しいな。馬車の車輪が軋む場所だ。速度も落ちる」
イレガンが鋭く頷く。
「囲まれたら、外にいる俺たちが要だ。まずは動きを止めず、押し返す」
リオスは短く笑った。
「楽な旅にはならなそうだな、こいつは」
その背後で、エメルがそっと積み荷の袋を抱えながら、静かにぼやいた。
「なんで荷の傍なんだろ……」
バロムがニヤリと笑いながら肩を叩く。
「商隊の荷は命だ、エメル。お前が一番頼りになるってことさ。怖じ気づいて、またこそこそ隠れるなよ?」
エメルは目を見開き、わざとらしく胸を押さえて「それを言わないで」と大げさにのけぞる。
レオンは遠くの山稜を見つめながら、そっと呟いた。
「行くぞ。どんな障害があろうと、必ずネミナを見つけ出す」