05(奇縁)
北の商業地区へ向かうため、レオンは人混みを利用した。
市の準備が始まり、商人と雑役、荷馬車が通りを埋める。
城下の北口では、物乞いと旅人が衣類を売り買いしていた。
レオンは、マントを銀貨1枚で売り、その金で町人のような簡素な服とフード付き外套を手に入れた。
「赤い外套の少女」
啓示が脳裏に過る。
だがこの街には少なくとも千の少女がいて、赤い外套など特に珍しくもない。
それでも、何かが導いている気がした。
午前、日が上がる頃。商業区の北端、古物商の屋台の隣に、一人の少女が立っていた。
ボロをまとい、顔の半分は隠れていたが、鮮やかな赤の外套が風にたなびいていた。
彼女が屋台の品を眺めている間、誰も近寄らなかった。まるで周囲に結界が張られているように。
その時、ラウルの心核が微かに光を放つ。
レオンは確信した。
――この少女が、運命の鍵だ。
彼は懐からラウルの心核を取り出した。石は再び光を放ち、次の言葉が浮かび上がる。
『少女は、母の眼と引き換えに、最初の証人となる。彼女を選べ』
かすかな朝靄が、石畳に敷かれた街路を静かに包んでいた。城下町の北端、商業地区はまだ目覚めきらぬ市のざわめきを潜ませながら、露天の屋根布が風に揺れていた。塩漬け肉、古着、薬草、果物、そして占い——店々が開かれるたびに、空気に混じる匂いが増していく。
レオンは、まだ服の下に潜ませた傷を押さえながら、歩いていた。髪は井戸の水で粗く洗い、淡い金色を取り戻していた。顔には煤をまぶし、素性を隠している。
小柄な少女が、荷車の陰で何かを懸命に探している。細い肩に不釣り合いなほど大きな荷を背負っていた。
レオンは、胸の奥が微かに震えるのを感じた。足を止め、慎重に距離を詰める。
「……困っているようだな」
少女は一瞬、身構えた。だが、レオンの声色に敵意がないと悟ると、ほんのわずかに口を開いた。
「袋が……母の薬草が……こぼれてしまって……」
「手伝おう。どうしたんだ?これほど多量に薬草など集めて」
「母が少しでも良くならないかと思って。あの……あなたは?」
「レオンという。……君の母親が悪くしているのは眼ではないか?もし、当たっているのなら話を聞いて欲しい。それと、良かったら名前を…」
「…私はミリアといいます。レオンさんがおっしゃる通りで……母の目が、最近急に見えなくなって。霧がかったように見えないって……以前から少しずつ悪くなってはいたのですが……」
レオンは、ラウルの心核を手の中で温めた。掌がわずかに輝く。石は再び光り始めていた——金の光。レオンにはまるで、希望のように思えた。
「もしかすると私は、君の母の眼を……治せるかもしれない。理由を聞いてくれるか?」
ミリアは訝しげな表情をした。
「お話は伺いますが……どうして、そんな事を? 」
「実は私もまだ半信半疑で、話せば長くなるが……まず君に会うように啓示があった。啓示はこの石の内側に刻まれていて、覗くと拡大して見え、読める。私はこれが天啓だと思っている……示されるように行動すれば、君の母の眼は治るかもしれない。現状刻まれている内容によると少なくとも、君の信頼は得られそうだ。見てみるかい?」
レオンは、傷だらけの両手でラウルの心核を掲げる。ミリアは心核を受け取った後、その光を見つめた。彼女の瞳には疑念と、わずかな興味が宿る。石を不思議そうに見つめ、のぞき込んだ茶の瞳には金色の光が反射している。
「文字は読めないから……じゃあ、ついてきて。母のいる場所へ」
赤い外套がまた揺れる。レオンはそれを追うように歩き出した。
彼女は十六か、十七歳ほど。目を患った母親と二人、路地裏の空き家に住んでいるという。長い髪を覆う赤い外套は母の手縫いの品で、母娘の最後の誇りだった。
通りには鍛冶屋の槌音が響き、香辛料の香りが鼻をくすぐる。井戸端では女たちが水を汲み、修道士が祈りを捧げる。その中を、奇妙な二人が並んで歩く。
運命が、静かに回り始めていた。