04(露顕)
―黒城に差す光は、信仰という名の檻―
王都の中心に鎮座する黒石の巨城、セントラグラ城。
闇の中でさえ、その構造は荘厳を極め、王権の威光を全方位に誇示していた。
尖塔の頂には、巨大な黄金の光輪を抱いた“イシュメルの目”の彫像が掲げられ、夜空に向けて神意のごとく輝きを放つ。
その光は、人々に希望を与えるのではなく、逆らう意志を鈍らせる“監視の象徴”として機能していた。
まるで神と君主が一体となって、王都全体を睥睨しているようだった。
石畳の中庭には、処刑用の台が常設され、火刑・斬首・四肢切断が行われた痕跡が無数に残る。
「反逆者の血で地は聖別される」という碑文が台座に刻まれていた。
城の内部では、重厚な鉄の柱に、イシュメルの経典の一節が彫り込まれている。
神官と兵士が共に歩む姿が当たり前となっており、城の構造自体が“祈り”と“統制”を目的に設計されていた。
礼拝室は軍議室と直結し、告解室は尋問室と同じ構造で造られていた。
玉座の間は、金と白のモザイクで飾られ“神の御座に最も近い地上の王”と称されるアスヴァルド三世が、静かに君臨する。
彼の背後には、高位神官セリアスの姿が常にあり、王の発する命は神の言葉として正当化されていた。
「神に背きし者を赦すは、王に背くよりも重き罪」
アスヴァルドは保守的な貴族制度に固執し、
異端思想・混血・低位民による政治参加を“血の汚染”と呼び、弾圧した。
反乱の火種が見えれば、未然であれ火元ごと焼き払う冷酷さを持つ。
その治世は、秩序と繁栄を謳う一方で、
市井の誰もが声を潜め、神と王の顔色を窺いながら生きる“不信と服従の時代”を意味していた。
このような圧政と信仰が一体となった社会構造の中、
囚人レオンの脱獄はまさに“神の物語に裂け目が入った瞬間”であり、
彼を待つという赤い外套の少女――の存在が、
この沈黙の王国にどんな波をもたらすかは、まだ誰も知らなかった。
***
王城の外壁にある牢から外に出た瞬間、空気が変わる。
夜霧に包まれた王城は、まるで神殿のように荘厳だった。塔の灯火、屋根の衛兵、遠くに見える鐘とその余韻。
レオンは鉄の靴音を避け、影に潜りながら外壁を下り、倉庫から残飯と水を盗む。
少しずつ慎重に――塀の外、城下のスラムへ。廃材の隙間を抜け、死体の横をすり抜ける。犬が吠え、遠くで警鐘が鳴った。
囚人服は目立ちすぎる。レオンは、物乞いが死にかけていた路地で、血と泥に塗れたマントと革靴を剥ぎ取った。
「すまない」
死体に囁く。今、見つかるわけにはいかない。逃げ、生き延びなくては。
牢を出てからすでに数時間が経っていた。
牢の内部では、ハウルが異変に気づき、全員に捜索命令を出した。
「死刑囚レオンがいねぇ!鍵が開いてやがる!南側へ逃げたぞ!!」
空いた鉄格子の隣では、
「やはりただの薬師じゃあなかったな。面白れぇ話になりそうじゃねぇか」
老囚人のトリスがそう言って笑みを浮かべた。
追跡犬と夜警が、王都南部を重点的に封鎖し始める。
だが、レオンはわざと足跡を南へ向かわせ、その後城壁沿いに北へと回り込んでいた。夜が明ける。王城の鐘が四つ、重く鳴り響いた。