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57(覚醒)

 レオンは意識を失ってからというもの、まるでただ眠っているようにしか見えなかった。顔色は悪く、体は衰弱していたが、そのまどろみに苦悶の色はなく、静かだった。


 そして――朝。

 窓から差し込む光が、彼のまぶたを照らす。薄く震えるように、瞼がゆっくりと開いた。

「……レオン様!?」

 看病にあたっていた侍女マリーが瞳を見開き、瞬時に立ち上がる。彼女はそのまま駆け出し、廊下を走りながら叫んだ。

「クラウス様!レオン様が……お目覚めになりました!!」


 部屋の中、レオンは目を細め、天井を見つめていた。自分が今どこにいるのか、なぜ横になっているのか――思考がもつれ、現実感が揺らいでいる。

「ここは……私は……倒れていたのか……? 記憶が……曖昧で……」

 だがその混濁の中で、不思議と心の中は穏やかだった。胸を締めつけていたあの焦燥も、疑念も、霧のように晴れていた。

 それは、かつて牢に囚われる前の、幸せだったあの頃に似ていた。


「……ネミナ!!」

 突如レオンが声を上げ、ベッドの上で上体を起こした。

「ネミナ! どこだ……!? 誰か!来てくれ!!ネミナを知る者はいないか!? 処刑の話は……どうなった!?誰か、教えてくれ!!」

 控えていた近衛のゲルハルトが慌てて駆け寄る。

「レオン様、落ち着いてください!ネミナ様とは……どなたのことを?」

「私の……あぁ、なんてことを……記憶から抜け落ちていた……ネミナのことだけ……どうして……!」


 その混乱の最中、クラウスと他の者たちが急ぎ駆けつけてきた。

「目を覚ましたのか。良かった。だが、どうした? 記憶が混乱しているのか?」

 レオンは、気を落ち着けるように呼吸を整え、語り始めた。

「……思い出したんだ。ネミナのことだけが……記憶の奥底から急に浮かび上がってきた。……彼女の名を思い出した瞬間気が付いた――私はどうかしていた!」


 その場にいた侍女の一人が、静かに口を開いた。

「処刑は……中止されました。その後、マウリクス様のご判断で幽閉されていましたが……内戦の混乱の中で、消息を絶ったと……もしかしたら、もう……」

「マウリクスを呼べ!」

 レオンの命により、数分後マウリクスが姿を現す。冷静なその男に、レオンは一歩踏み出して詰め寄った。

「ネミナの件だ。彼女はどこだ? 本当に……消息不明なのか?」

「はい。王城周辺に戦火が及んだ際、混乱に乗じて姿を消しております。ただ、居場所についてはいくつか心当たりがございます。捜索をお望みであれば、即座に動かせますが――」

「すぐに捜索を始めてくれ。私も行く」


 その言葉にクラウスが眉をひそめ、強く制止する。

「馬鹿を言うな!お前は今や王だ。そのお前が軽々しく城を離れてどうする。……レオン、もう以前のお前ではないのだ」

 だが、レオンの眼差しは揺るがなかった。

「やっと思い出したんだ。私にとって、何より大切なことを。彼女を放って、王座に座っていられるものか」

 その時、静かに扉が開き、一人の女性が現れた。

「レオン様がご不在でも、大丈夫です」

 ミリアだった。

「心核は戻ってきました。イシュメルの光によって変質はしましたが、回収しております。啓示も、問題なく行えます」

「ミリア……」

 クラウスはなおも食い下がろうとしたが、レオンはすでに外を見据えていた。

「止めるな、クラウス。私の道は、ようやく見えた」

 ゲルハルトがそっと声をかける。

「どうされますか?私は……レオン様のお傍にいた方が?」

 一方で残されたクラウスは、深く息をついた。ミリアがそばに歩み寄り、静かに言った。

「ネミナさんが見つかるまで、レオン様は戻られないでしょう。玉座を放棄する王など、不要かもしれません。ですが幸い、当面の公務は控えております。私が啓示を代行いたします」

 クラウスは驚いたように彼女を見つめる。

「ミリア、啓示を読み取れるようになったのか?」

 ミリアはうなずき、懐から一つの物体を取り出した。それは――砕け散っていたはずのラウルの心核。

 だが、今やそれは淡い黄色を失い、禍々しい黒に染まっている。その輝きは、異質で不吉だった。クラウスはその変容を不気味に思ったが、すぐに考えるのをやめた。内戦直後の今、優先されるべきは現王政の存続。

(戴冠直後で公務の予定がない訳ないだろう。しかし、今回の急変……当面は静養に充てる事にし、公務からは距離を置く事とすれば――)

 その様子を見たマウリクスは、誰にも聞こえぬように唇の端を吊り上げる。

(……早々に、機会が巡ってきたようですね)

 闇が、静かに王城を包み始めていた――。


ラウルの心核に救われ、翻弄されたレオンは、己を取り戻した。

しかし――

禍々しき新たなる胎動が、王都を混沌と破滅へと導くことになろうとは、この時、誰一人として知る者はなかった。


──第一章 終──


【休載のお知らせ】

活動報告でもお知らせしていますが、第一章完結に伴い、

第二章の執筆期間として、更新を一時お休みいたします。


再開予定は9月1日頃を目標としております。

物語の質を高めるための準備期間として、どうぞご理解いただけますと幸いです。

いつも応援ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いいたします。

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