56(急変)
王城、政信の間。
昼下がりの光が高窓から差し込むなか、クラウスは一人、机上に広げた地図と報告書を前に沈思していた。
ラウルの心核――
頼みの綱であった遺物が盗まれた。
しかも、それが戻ってくる保証はどこにもない。
ミリアも戻らず、レオンは――
「……心ここにあらず、か」
クラウスは短く嘆息した。王となった青年は、戴冠の後も玉座に座ることはなく、最上階の王の私室に籠りきりだった。
現実と感情の狭間で、立ち尽くしているようにしか見えない。
そのとき――
「クラウス様ァッ!!」
政信の間の扉が激しく開かれ、グラッツ・バードルフが血相を変えて駆け込んできた。
額には汗、肩で息を切らし、その目には恐怖と混乱が浮かんでいる。
「ど、どうしたグラッツ!」
「ゲルハルト様が……ゲルハルト様がお呼びです!! レオン様が……!!」
「なに……?」
クラウスは眉をひそめ、立ち上がる。
「一体どういうことだ?」と問いただそうとするが、グラッツは焦燥のままに叫ぶ。
「とにかく、急いで来てください!!」
クラウスは答えを求めるのをやめ、外套を翻し、彼の後を走った。
王の私室。
重い扉が開かれると同時に、数人の従者が右往左往する姿が目に入った。
中央の大きな寝台の前で、レオンが胸を押さえ、もがくようにうずくまっていた。
「レオン!!」とクラウスが駆け寄る。
その傍らにいたのは、かつての青黒騎士団の騎士――ゲルハルトであった。
彼は一瞬、時計を見やってから低く言った。
「……五分ほど前からです。最初はうめき声でしたが、すぐに倒れ込みました。薬師と治療師にはすでに声をかけましたが……」
「毒……か?」
クラウスがそう言いながら、レオンを抱え起こそうとしたが、身体はがっちりと丸まり、まるで何かに抗うように震えていた。
「……っ、レオン……しっかりしろ……!」
足音と共に、薬師と治癒師が部屋に駆け込んでくる。だが、彼らも顔を見合わせるばかりで、即座に処置に入ることができない。
「……毒物の症状ではありません……だが、体内で何かが……暴れているような……」
治癒師の震える声が、部屋の緊張を一層強めた。
――そのときだった。
レオンが突然、ピタリと動きを止めた。
胸に当てていた手がだらりと垂れ、肩から力が抜ける。
「……レオン……?」
誰かが名を呼んだが、返事はない。
レオンの身体が傾き、意識を失ったまま、静かに床へと崩れ落ちた。
クラウスは膝をつき、震える手でその額に手を当てる。
まだ熱はある。脈もある――だが、目を覚まさない。
――王国にまたしても、暗い影が落ちた。