表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/108

55(絶筆)

 死の静寂は、最も神聖な空間に訪れた。

 倒れたヴァレンティウスの傍らに、ベルドは膝をついた。

 かつてこの世界の闇を知り尽くし、光を捧げてきた神官の口元が、何かを訴えるようにわずかに震えている。


「どうされたのです!?ああ、天啓を……詩を……」

 ベルドは耳を寄せ、イシュメルの声を聴かせようと祈るように語りかけたが、声は届かない。

 そのとき、ヴァレンティウスの手がかすかに動いた。

 震える指先が、床の血の中に“Z E R E P H A S”と書き始める。

 聖水に濡れた祭壇の石床が、神の名のようにその綴りを抱いた。


「ゼレファス……」

 ベルドがその名を読み上げたとき、言葉が空気を裂いた。

 思考が刃のように冴え、彼の眉が僅かに動く。

「……番の悪魔の名ですか?」

 ヴァレンティウスは、全身を震わせながら、それでも明確に頷いた。

 その瞬間、彼の胸の上下が止まり、口元の緊張がふとほどけるように崩れた。

 長く続いた神の従者の生涯が、静かに終わりを告げた。


 神官たちが駆け寄り、慌ただしく遺体の移送の準備を始める。

 だがその喧騒の外に、静寂の中の闇がいた。


 ミリア。

 礼拝堂の外、風の音も聖句も届かぬその片隅に、彼女はひっそりと佇んでいた。

 祓われしバルナザールの気配が完全に消えたのを確かめたとき、ミリアの顔から微笑みが消える。

 代わりに浮かんだのは、激しい怒りだった。

 その怒りは冷え切った刃のように鋭く、復讐心を宿していた。

 人々がヴァレンティウスの亡骸を囲み、祈りと嘆きが交差する中、

 ミリアは気配を消し、影のように礼拝堂の内部へと滑り込んだ。

 血と聖水のしみついた、すでに戦場のようなその祭壇の中央に、砕けたラウルの心核が転がっていた。

 ミリアは迷いなくそれを手に取った。

 その破片からはまだ、かすかに魔の気配が残っている。

 ベルドが別室で神官たちと話し込んでいる隙を縫い、

 ミリアは音もなく、その場を立ち去った。

 誰にも気づかれず、彼女は王城へと踵を返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ