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52(換骨)

 ――夜の王城。玉座の間から離れた神殿棟。

 祭壇の上で、琥珀のような宝珠が光を放ち脈動していた。

 「ラウルの心核」。政変をもたらした心臓とも魂とも言われる、唯一無二の遺物。

 深夜になっても、その前には二人の近衛が警備にあたり、扉の前にも二重の封鎖がなされていた。

 それでも――

 「可能です」

 マウリクスはそう断言した。

 かつて侯爵として宮廷の裏も表も見通してきた男は、かつての忠臣たちを秘密裏に呼び寄せた。

 「影役かげやく」と呼ばれた彼らは、かつて政敵の屋敷に忍び込み、帳簿を書き換え、金庫を空にし、証拠を煙にした経験を持つ者ばかりだった。

 「目的は単純、行動は複雑です」

 会議室のろうそくが揺れる中、マウリクスは低く語る。

 「心核は、今は神殿の祭壇に安置されています。日没から夜半までは近衛兵、もしくは信者が二交代で巡回しており……内部の見回りは一人です。交代の隙を突きます」

 彼の作戦はこうだ。


1.「供物の変更」

 宰相クラウスの名を騙った文書を偽造し、「心核の力に影響を及ぼす恐れのある供物を変更せよ」という名目で、神殿への新たな供物(実際は偽の心核を模したもの)を搬入させる。

2.「混乱の種まき」

 同時刻、厨房にて油を撒いて火をつけ火事を起こす。これは火災ではなく「事故」として処理し、衛兵がそちらに移動することを狙う。

3.「すり替え」

 供物搬入担当の一人に変装した影役が、信者と単独で接触。すでにその信者には金が渡っており、一瞬の目線の隙をつくって偽の心核とすり替えを実行。偽物は本物と同じ形状・質感を持つ黄色トパーズの原石を準備。

4.「隠し置く」

 心核はその場で持ち出されない。変装した影役は、神殿内の隠し通気孔に隠す。マウリクスの部下が設計図を元に確保した、古井戸とつながる換気口だ。

5.「翌朝、引き渡し」

 翌朝、井戸の掃除人として潜入した別の影役が、井戸内から通気孔へ潜り込み、心核を回収し城外へ。護送は旅芸人一座の荷車に偽装して行われる。


 「……これは、我々が王城に仕掛ける、最初の賭けになりますかね」

 マウリクスは椅子に深く腰を下ろし、ワインを傾けた。

 「気づかれたらどうするんです?」

 一人の部下が問う。

 マウリクスは笑った。穏やかだった表情に、猛禽のような陰が浮かぶ。

 「そのときは、私が処される事になるでしょう。ですが……そうはならなりません。退く道は備えてありますからね。逃れる術にかけて私ほど心得のある者は、そう多くはないでしょう」


 数日後――

 作戦は、静かに実行に移された。

 厨房の火事で起きた混乱。駆けつける兵。

 空白の時間。祭壇のすり替え。

 換気孔に押し込まれた真の心核。

 そしてその夜、誰も気づかぬまま、黒い外套を被った荷馬車が王城を静かに離れて東へ向かっていった。

 その荷の中には――脈動する「悪魔の心核」が息をひそめていた。

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