49(簒奪)
玉座の間には、重い沈黙が満ちていた。
王はすでに囚われ、剣を向けられてなお、その威厳を失っていなかった。
玉座に続く大階段の下、クリスとして名を馳せた男は、王を見つめながら言葉を探していた。
「……ここまで来て、まだためらうのか」
クラウスの声が静かに響く。だがその声には、鋭利な刃のような苛立ちが混じっていた。
レオンは答えない。
王の瞳が、自分を見つめ返していた。
その中に、悔いはなかった。むしろ、自らの最期を既に受け入れた者の覚悟だけが宿っていた。
――殺すべきなのか?
この男が支配してきた王政を終わらせるために。
だが自分の手で、その命を奪っていいのか?
「クリス……」
ミリアがそっと言葉をかけたが、レオンは俯いたまま答えない。
ついに、クラウスが深く息を吐き、前に出た。
「やはり、お前にはこの座は早すぎたのかもしれんな」
彼はそう言い捨てると、傍らのゲルハルトに視線をやる。
「剣を」
その一言に、ゲルハルトは無言で黒い剣を差し出す。
クラウスはそれを握ると、ゆっくりと王に歩み寄った。
王は黙ってそれを見ていた。怯えも、抵抗もない。
「国を蝕んできたものの末路……最後まで美しかったぞ、陛下」
そして、静かに振りかぶる。
――瞬きの間の出来事だった。
鋭く振り下ろされた黒剣は、王の首を一閃で刎ねた。
深紅のマントが、今度は血に濡れて玉座の段に広がった。
重い音を立てて、王の首と冠が金と白のモザイクに転がる。
静寂が、場を支配した。
レオンはその場に立ち尽くし、剣を握ったままのクラウスを見つめる。
ミリアはレオンのそばへと歩み寄るが、血飛沫の跡を見つめたまま、言葉を失っていた。
やがて、王の最期を見届けたミリアが、不意に目を伏せる。
その瞳の奥に、言葉にできない何かが揺れていた。
「……クリス様、ようやく終わりましたね」
そう呟いた彼女は、レオンの背にそっと手を置いた。
だが次の瞬間、その手を離し、くるりと踵を返す。
「私は……少し、外しますね」
そう言い残して階段を降り、城の奥へと、まるで吸い込まれるように姿を消した。
レオンが呼び止めようとしたが、言葉は喉に詰まったままだった。
「クリス、いや…レオンよ」
クラウスの声が、まるで劇の幕を引くかのように再び場を支配する。
「その玉座に、座るがいい。お前が新たな王だ」
「啓示が導いた、正しき王政の始まりだ」
信者たちが周囲で歓声を上げる。
私兵たちが膝をつき、寝返った貴族たち――マウリクス侯爵や財務卿ヴァルド・レヒトンも、次々と臣下の礼を取った。
レオンは、玉座を見上げた。
血の染みがまだ残る段を、一歩ずつ踏みしめて進んでゆく。
やがて、深紅の玉座に身を預けたその瞬間、
玉座の間はまるで空気が変わったかのような、得体の知れぬ重みに包まれた。
新たなる王の誕生――
(もう少し苦戦すると思ったが、杞憂だったか?王国側の兵も思ったより数を減らしていた。疫病の影響もあるだろう……寝返った兵の数も多かったのか?解せんな)
腑に落ちない点はあったものの、クラウスが描いた青写真が、ここに完成を見た。
だが、その空気を見届けたミリアの姿は、もうそこにはなかった。
彼女の消えた先に何があるのか、誰も知らなかった。