46(疑念)
その頃、ルクス教の拠点――かつて山間の礼拝堂であった石造りの建物は、周囲に震えた空気をまとい、存在感を増していた。
礼拝堂最奥、祭壇に安置されたラウルの心核――は、かつてないほどの光を放っていた。信者たちは息を呑み、声を潜めて祈るようにその輝きを見守っていた。
その前にひざまずいていたのは、レオン――否、クリスである。
彼の瞳は震え、その奥底に微かな疲弊と焦燥、そして哀しみが滲んでいた。
心核から立ちのぼる光が、薄暗い礼拝堂全体を照らしに、その中心で暗紫色の靄が啓示を描く。
『万雷の沈黙のなか、ひとつの首が刎ねられた。
冠は転がり、偉大なるものは、惨めに堕ちる。
玉座は空白を許さず。血に濡れた椅子に、新たなる意志が腰を下ろす。
――その時、山より降りし悪逆の力が訪れん』
預言が終わると同時に、礼拝堂は沈黙に包まれた。
残された余韻の中で、クリスは立ち尽くしていた。
(……王が死ぬ? 本当にそれが“神の望み”なのか……?山に敵が潜んでいる?)
心核は、あたかも彼の迷いを拒むようにさらに輝きを増し、礼拝堂の奥で、残された信徒たちは歓喜に近い声をあげた。
「……これが、神の意志ですわ、クリス様!」
声を上げたのはミリアだった。相変わらず、瞳の奥に狂気と信仰の炎を宿したまま、彼女は祈るように微笑んだ。
「これほど明確な啓示はありません。私たちは正しかった」
その後ろから、クラウスが静かに歩み寄った。眼鏡の隙間からのぞく眼差しは、冷静でありながらも、どこかクリスの迷いに気づいているようでもあった。
「……立て、クリス。お前が崩れたら、この啓示もただの幻だ。俺たちは進む。もう止まれないんだ」
心核の光が、再び強く脈動した。
信者たちは導かれるように、ひとり、またひとりと膝を折り、啓示に従う決意を固めていく。
クリスは立ち尽くしたまま、自らの手を見つめていた。
その手は、血にまみれていた。
誰かを癒やしていたはずの手が、今は破壊と死を導いている。
だが、それでも――
「……行こう」
誰にともなく、あるいは自分に言い聞かせるように、クリスはそう呟いた。もはや他にどうすることもできなかった。
王の死、王都への進軍、そしてその先にある終焉。
重い足取りで、クリスは心核に背を向け、王城へ向けて歩き出した。