40(重責)
兵士たちの疲れ切った耳に、重い鉄鎧の音が近づいてきた。
砂塵を巻き上げて、列をなして進む異国の兵たち。それは祈りではなく、金によって動く者たち――傭兵団だった。
先頭に立つ男はやつれた兵士たちを一瞥し、静かに言った。
「神に導かれてここに来たわけじゃない。だが――契約は果たす。生きたいなら、俺についてこい」
その言葉には戦場の現実があった。
信仰も理想も持たぬ者が、剣の腕ひとつで信者を守ろうとする姿に、兵たちは不思議な安心を覚えた。
祈りの言葉ではない。だが、確かな「戦う意志」がそこにはあった。
その報せを受けた王国本陣。
アルデマン卿は地図を睨み、沈黙ののち、ふっと笑った。
「……ほう。また金で兵を補ったか。信仰に揺らぎが生じた証拠だな」
参謀たちは、戦歴や傭兵団の規模を洗い出す。
だが、アルデマンは顔色ひとつ変えず、平然と告げる。
「ふむ。計算は……やや狂うが、これなら許容範囲だ」
彼はピンをひとつ抜き、盤上の補給路に新たな線を描いた。
裏をかかれても、包囲は続く。
敵がどれほど血を流そうと、王国はゆっくり、着実に彼らを干からびさせるのだ。
「“速やかに勝つ”必要はない。“確実に仕留める”だけでいい」
アルデマンの目には、焦りも怒りもなかった。
一方で、増援が与えた力は確かに大きかった。
クラウス率いる傭兵団は、圧倒的な連携力と戦術眼をもって即座に戦線を立て直す。
傭兵と比較して軍事経験の乏しい私兵を後方に回し、指揮系統を整理し、「戦う集団」へと変貌させていった。
──だが、その冷徹な統率力は、教団の内部に微かなひびも生み始めていた。
「……あれが、ルクスの導きでなく、ただの傭兵であるなら……この戦は、いったい……?」
ミリアは胸の奥で呟いた。
その問いに、クリスは答えなかった。
彼もまた、現実に打たれていたのだ。啓示も役に立たない。絶たれた信者の命が、重くのしかかる。
しかし、ラウルの心核は以前にも増して光を放ち、予言は続けられる。
バロムは沈黙の中で剣を研ぎ続けていた。
炉の火は鈍い音を立てていた。
弟子を失った夜、彼は迷いながらももう一つの刃を打っていた。
「……次に行く者には、こいつを託す」
その言葉の裏に込められたのは、信仰ではなく責任だった。
王国軍は依然として優位。
だが、戦局は「一方的な信仰の敗北」ではなくなった。
傭兵団の出現により、信者たちの意志は現実と折り合いをつけ始める。
アルデマンは、それでもなお包囲を緩めず、罠を張り続けていた。
そして、戦の鼓動はさらに高まり、啓示と策略の綱引きは――
次の血戦へと突入しようとしていた。