表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/108

39(自壊)

 灯火の影が揺れる祭壇の間で、ミリアは祈っていた。

 だが、彼女の瞳はいつものような光を宿してはいなかった。


「なぜ、エルドは……。ルクスはなぜ、彼を導きながら、見捨てたの……?」


 沈黙。

 啓示の石は、何も語らなかった。

 クリスの読み取りは確かだった。場所も、タイミングも、記述どおりだった。だがそれが“罠”であることまでは、示されなかった。読み取れなかった。


 彼女は震える唇を押さえ、誰にも気づかれぬよう奥へと消えた。

 その背は、ほんのわずかに、信仰から遠ざかっていた。



***



 ルクス拠点から離れた鍛冶場。

 戦地からの報せを聞いたバロムは、何も言わず炉の火を強めた。

 黙々と鉄を打ち続ける。


 その姿を見て弟子たちは、いつもより荒々しい槌の音に息を呑んだ。

 夜になり、一人の弟子がそっと尋ねる。


「親方、エルドさんの……こと……」

 バロムは槌を止めた。


「あいつの魂は、もう刃に宿ってた。誰にも、どうにもこうにもできんさ」

 そう言って俯いた彼の拳は、きつく握られたまま震えていた。


「油断と慢心もあった。だがな、啓示とやらが、信念なくただ人を殺すだけのものなら……それは祈るべきものじゃねぇ」

 その夜、炉の火は赤く燃え上がり、まるで怒りのように拠点の空を染めていた。



***



 ルクス教の私兵団は次なる啓示を頼りに、再び行動を開始した。

 だが、それは再びアルデマン卿の撒き餌であった。


 追い詰めたかに見えた敵に誘導され、伏兵に囲まれる。

 あるいは補給路が断たれ、あるいは渡河の途中で橋を落とされる。


 勝利に導かれる啓示のはずが、なぜか“裏目”に出る。

 戦場では、仲間を失い、飢えに苦しみ、祈りに答えぬ神を呪う兵が現れ始めた。


「あれは啓示ではない、呪いだ!」

「もう……石に導かれても、死ぬばかりじゃないか……!」


 ミリアは沈黙し、クリスの額には冷たい汗が浮かぶ。

 かつて彼の言葉一つで湧き上がっていた信者たちの目に、迷いが宿りはじめる。



***



 アルデマン卿は冷静に戦況を観察していた。

「彼らは“啓示”を羅針盤にして動く。であれば、こちらの“虚報”は羅針盤を狂わせる風となる」


 彼は無数の部隊の動きに偽の意味を持たせる。

「ここに兵を集める」「ここから攻める」と、あらゆる痕跡を啓示の解釈と重ね合わせて拡散させる。

 クリスが読み取り、信者たちが信じ、そして自らそこへ歩む。

 アルデマンはそれを「自壊の舞」と呼んだ。


「敵は啓示に忠実すぎる。だから策が嵌る。事実を織り交ぜながら虚を突けば、兵力はこちらが上」

 その言葉の通り、ルクス教は勝利と敗北を錯綜させながらも、確実に“疲弊”していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ