39(自壊)
灯火の影が揺れる祭壇の間で、ミリアは祈っていた。
だが、彼女の瞳はいつものような光を宿してはいなかった。
「なぜ、エルドは……。ルクスはなぜ、彼を導きながら、見捨てたの……?」
沈黙。
啓示の石は、何も語らなかった。
クリスの読み取りは確かだった。場所も、タイミングも、記述どおりだった。だがそれが“罠”であることまでは、示されなかった。読み取れなかった。
彼女は震える唇を押さえ、誰にも気づかれぬよう奥へと消えた。
その背は、ほんのわずかに、信仰から遠ざかっていた。
***
ルクス拠点から離れた鍛冶場。
戦地からの報せを聞いたバロムは、何も言わず炉の火を強めた。
黙々と鉄を打ち続ける。
その姿を見て弟子たちは、いつもより荒々しい槌の音に息を呑んだ。
夜になり、一人の弟子がそっと尋ねる。
「親方、エルドさんの……こと……」
バロムは槌を止めた。
「あいつの魂は、もう刃に宿ってた。誰にも、どうにもこうにもできんさ」
そう言って俯いた彼の拳は、きつく握られたまま震えていた。
「油断と慢心もあった。だがな、啓示とやらが、信念なくただ人を殺すだけのものなら……それは祈るべきものじゃねぇ」
その夜、炉の火は赤く燃え上がり、まるで怒りのように拠点の空を染めていた。
***
ルクス教の私兵団は次なる啓示を頼りに、再び行動を開始した。
だが、それは再びアルデマン卿の撒き餌であった。
追い詰めたかに見えた敵に誘導され、伏兵に囲まれる。
あるいは補給路が断たれ、あるいは渡河の途中で橋を落とされる。
勝利に導かれる啓示のはずが、なぜか“裏目”に出る。
戦場では、仲間を失い、飢えに苦しみ、祈りに答えぬ神を呪う兵が現れ始めた。
「あれは啓示ではない、呪いだ!」
「もう……石に導かれても、死ぬばかりじゃないか……!」
ミリアは沈黙し、クリスの額には冷たい汗が浮かぶ。
かつて彼の言葉一つで湧き上がっていた信者たちの目に、迷いが宿りはじめる。
***
アルデマン卿は冷静に戦況を観察していた。
「彼らは“啓示”を羅針盤にして動く。であれば、こちらの“虚報”は羅針盤を狂わせる風となる」
彼は無数の部隊の動きに偽の意味を持たせる。
「ここに兵を集める」「ここから攻める」と、あらゆる痕跡を啓示の解釈と重ね合わせて拡散させる。
クリスが読み取り、信者たちが信じ、そして自らそこへ歩む。
アルデマンはそれを「自壊の舞」と呼んだ。
「敵は啓示に忠実すぎる。だから策が嵌る。事実を織り交ぜながら虚を突けば、兵力はこちらが上」
その言葉の通り、ルクス教は勝利と敗北を錯綜させながらも、確実に“疲弊”していった。