38(死地)
新たな啓示が、ラウルの心核に宿った。
その朝、クリスは祈りの静謐を破るように石を掲げ、信者たちの前に立った。
影が石の内奥で蠢き、滲み出すように文字が浮かぶ。彼は啓示を読み取る。
『“鋼を越えし軍、雲の尾に従いし地へ。地脈、今裂けん”』
抽象的でありながら、彼には理解できた。
それは東、王国軍が動き出したという“証”だった。第三軍の動向と、そこへ続く丘陵地帯の地形が「地脈の裂け目」に重なる。
「これは好機。導かれし道だ」
信者たちは歓声を上げ、クリスは命じた。
その報を聞きつけたのは、鍛冶師バロムであった。
屈強な体に煤を纏い、鋼を知り尽くした職人。彼はかつて、孤児であったエルドを拾い、鍛冶を教え、我が子のように育ててきた。
そのエルドが、啓示と共に、私兵団を率いて北東へ向かうという。
バロムは黙って、鍛錬場の奥から一振りの剣を取り出す。
黒鉄の鞘に包まれたその剣は、未だ誰にも見せたことのない、彼の“傑作”だった。
「……こいつにはな、俺の魂が焼き付いている。持っていけ!!」
剣を手にしたエルドは、目を潤ませながらも誇らしげに笑った。
「美しく、怖ろしく鋭い。この刃があれば、俺は十騎の敵にも劣らん!」
バロムはそれを聞いて笑う。
「十騎じゃ足らん!百騎をぶった斬って帰ってこい!!」
***
エルドが率いる一団は予定通り、東丘陵へと到達した。だが、そこにあったのは放棄された野営地と、伏兵だった。
奇妙なまでに整然とした偽の痕跡。遅れて感づいた時にはすでに遅かった。
丘陵の背後に潜んでいた王国騎馬兵たちが、雷の如く斬りかかった。
「ぐっ!……お前らは先に退避しろ!急げ!!!」
エルドは逃げず、最後列の殿を買って出る。
「この剣が……俺を、守ってくれる!」
剣が唸り、十余人の敵を斬った。
我武者羅に斬って、斬って、最後には息も絶え絶えにその膝を折った。
槍が胸を貫いた時、彼はふと、空を仰いだ。
「親父、ありがとな……すまない」
微かに笑みを浮かべ、エルドは倒れ伏す。
その手には、まだ、黒鉄の剣が握られていた。
***
王国本陣。
報せを受けたアルデマン卿は、指揮所の灯火のもと、静かに言った。
「……狂信に導かれし者も、破鋼を持てば侮れぬな」
彼は小さく、手元の作戦図に一つ印をつける。
「だが一つ、確信が得られた。あの教団、“読んでいる”のだな……我らの虚をも」
眼差しに宿るのは、敵意ではなく、戦術家の冷たい好奇心だった。