37(戦理)
王国軍主陣/南端の拠点
曇天の下、指揮所に響いたのは、駆け込んできた伝令の、かすれた声だった。
「第二遊撃隊、……全滅にございます!」
幕舎の内、地図の前に立っていたアルデマン卿の指先が止まる。
彼はその場を動かず、ただ一点、地図上に赤で記された小隊の駒をじっと見つめていた。
「……なぜ露呈した?」
呟きは誰に向けたものでもない。
第二遊撃隊は、丘陵の背後にある林の中、“見えざる包囲陣”として進軍させた部隊だ。行軍経路は複数の偽情報で隠蔽していた。漏れるはずがない。にもかかわらず、襲撃された。
「偶然にしては、噛み付きすぎているな……」
帳外の空気が冷える。幕舎の指揮官たちが顔を見合わせる。
アルデマン卿は逡巡する。
静かな数拍の沈黙ののち、彼は視線を上げ、静かに言った。
「――啓示、か。」
その言葉に、側近の騎士たちがざわめく。
「まさか、それを本気で……」
「占いか呪術か何かの類いで――」
「違う。」
アルデマン卿は短く遮った。
「ただの狂信ではない。論理を排した成果には、時として、別の論理が潜んでいる」
地図から駒をいくつか動かす。
その動きは早かった。冷静さと、迷いのなさを伴っていた。
「ならば、こちらも“見せる”べきだろう。……意図的に」
彼は指揮官に命じる。
「第三軍を北東へ。動線は誇張せよ。……“見せてやる”」
騎士たちは次第に気づいていく。これは囮部隊だ。啓示を通じて敵が動くなら、そこに虚報を焼き付けてやればいい。
アルデマン卿の目が細くなる。
「……“導き”が在るなら、それは道に過ぎぬ。道が読めるなら、そこに罠を敷くこともまた、戦の理だ」
冷笑が、その口元に浮かんだ。