36(奇襲)
王国北東丘陵地帯 第二遊撃隊仮拠点/深夜
夜風がテントの端を揺らす。兵たちは交代の見張りを残し、焚き火のそばで干し肉をかじりながら、明日の行軍について話していた。
だが、その夜。
――カッ。
木が裂ける音とともに、見張り台から男の絶叫が響く。誰かが駆け寄る暇もない。
――ビュンッ、ドス。
黒い影が飛ぶ。投げ槍が焚き火の脇にいた兵の肩に命中し、兵はそのまま倒れ込む。叫ぶ間もなく、森の闇から飛び出してきたのは、光なき眼をした信者たちだった。
「主の怒りを知れ!」
先頭を駆ける女が叫ぶ。頭に巻かれた赤い布、右腕にはルクスの紋章を焼き付けた籠手。身軽な革鎧に、鮮やかな銀の短剣を携えていた。
彼女の一閃で、まだ剣を抜いていなかった隊長格の兵が喉を裂かれる。
「この女、やりやがった!」
驚きと混乱の中、ようやく剣を抜く兵たち。しかし彼らの動きは鈍かった。半数が酔っていたか、眠気の中だった。まともに陣形も組めず、ばらばらに応戦する。
「包囲されてる!丘に戻れ、合図を――!」
その叫びも届く前に、火矢の雨が降り注いだ。焚き火を目標に、丘の周囲から一斉に放たれた矢は、あっという間に多数の天幕に火を移した。
「光の炎を――主に捧げよッ!!」
信者たちの声が空気を裂く。彼らは戦列を乱すことなく、三方向から同時に斬り込むように突撃してきた。
ただの狂信者ではなかった。信者兵の一部は元傭兵や逃亡騎士で構成されており、私兵団統括であるダグラスの下で過酷な戦術訓練を受けていた。短剣と盾の扱いは、王国兵となんら遜色ない。
丘の中腹、臨時の指揮についていた副隊長は、もはや勝ち目がないと悟った。
「撤退命令を――…」
その言葉を最後に、彼は背後から首を斬られる。
一瞬で長剣を振るったのはダグラスだった。彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。それは悲しみではなく、復讐の第一歩が果たせたことへの感謝だった。
「我が刃をアルデマン卿まで確実に届かせる……!」
彼は血のついた剣に、その眼差しを向けていた。
「我ら第一陣は勝者となった!! 主が導きし剣を以て敵を討ち取ったぞ!」
私兵団員達は大歓声の後、残敵処理をすすめていく。
夜はまだ終わっていなかった。火が風に煽られ、丘全体を黒く染めていく。
そして――
王国の狼煙は上がらなかった。第二遊撃隊は壊滅した。