35(時至)
ルクス教拠点 — 夜明け前
冷たい石壁に囲まれた拠点最奥の私室。燃えさしの松明が壁に揺れる陰を落とす中、クリスは一人、小祭壇の前に膝をついていた。
トパーズのような淡い輝きを放つ、ラウルの心核内部に啓示が浮かぶ。暗紫色の影が糸の様に形づくる奇妙な文字。
『……“焔、北に潜み、獣は翼を持たぬまま今夜墜つ”……』
クリスの低い声が祈りにも似た響きで室内に広がる。彼の青色の瞳が、現れた文字の一つひとつを読み解いていく。
「……これは――王国騎士団の配置だな。北の丘陵地帯か。焔は第二遊撃隊の別称だったか?時間経過で両側に別部隊が配置されそうだな」
彼は立ち上がり、私室より出てから周囲に集っていた教団の重鎮たちを見渡した。祭壇の階段を降り、堂内に満ちる沈黙を破るように声を張り上げる。
「時が来た! ルクスは、迷妄の騎士たちを照らし焼き尽くすだろう。圧政を強いる王権に今こそ裁きを与えよ。ラウルの心核は導いた。われらは撃てる。撃ち、勝てる!夜のうちに北の丘陵地帯へ奇襲をかけよ。第一の勝利を我らの手に」
その言葉に、信者たちがざわめいた。だが、一歩前に進み出たのは、ミリアだった。教団の中で今も変わらず、最も信仰に身を投じ、今や千人を束ねる少女。
「クリス様は、啓示を受け取られた!その身を焦がしてなお、主に応える我らの祈りを、今ここに!」
彼女は、胸に抱いたルクスの紋章を掲げ、背後の信者たちを振り返った。
「誰が最初に啓示の道を照らすのか!?誰が最初に、地にその名を刻むのか!?血を、炎を、信仰を持て――進め! 主の道は、我らの剣の先にある!」
咆哮に似た歓声が響き渡る。涙を浮かべ、歯を食いしばり、信者たちが手にした武器を掲げる。その声はただの戦意ではない。狂信、覚悟、祝福の渦だった。
一人ひとりが「ルクスに選ばれた者」として、死すら誇りとしていた。
その夜、第二遊撃隊は、一矢も返す間もなく焼き払われる事になる。