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DAO  作者: Geppetto
ラウルの心核
31/38

29(忠誠)

宰相の密偵として動いていたその男は、「灰鵜」と呼ばれていだ。

色の抜けた羽をまとい、湿地に生きる不気味な鳥。

吉兆にも凶兆にもなれず、ただ静かに生と死の狭間を這う者。

祝福とは無縁の名──だが、フードの男はその呼び名を否定しなかった。

それは彼の生き様そのものだったからだ。


***


処刑の朝、空は重い鉛色の雲に覆われていた。

シグナス・ユリシオン。

王に次ぐ重責を担うその男が、粗末な杭に縛られ、晒されていた。

その威厳はなお失われてはいなかったが、目には疲労と諦念ていねんの色が浮かんでいた。

そして、処刑吏の斧が上がる──その瞬間、

叫びの中、煙を裂いて現れたのは、一人の男だった。

全身灰布に包まれ、目だけが鋭く燃えていた。

「誰だ、あいつは……!」

「灰鵜……! あの男、まだ生きて……!」

誰かが震える声でつぶやいた。だがその声も、次の瞬間には戦慄へと変わる。

灰鵜は、無言だった。

斬る。突く。斬る。──喉、胸、鎧の隙間。すべてを熟知した殺戮の技。

彼の目的は一つ。

宰相を、守る。

背に迫る槍の穂先を、振り向かずに躱す。

膝を斬られ、倒れそうになりながらも、牙のような短剣を突き立てる。

──その瞬間、

矢が、胸を貫いた。

ぐらりと体が揺れた。息が漏れる。

だが、膝をつかない。

「まだ……まだだ……!」

呻くように吐きながら、足を前に出す。

前に。宰相の前に。

二の矢、三の矢が背に刺さる。

だが灰鵜は、叫びながら短剣を振るった。

「近づくな……!!」

傷ついた獣の咆哮のようだった。

それは悲鳴ではなく、願いだった。

せめて、この人だけは……!


衛兵たちは怯んだ。

男はもはや人間ではなかった。

血にまみれ、足を引きずり、息も絶え絶えなのに、それでも斬ってくる。

まるで鬼神のようだった。


──その時、処刑場の門が開かれた。

金と赤の外套をまとった近衛長が現れた。

剣を引き抜き、一言だけ告げる。

「……汝、我が誇りと名誉に仇なす者。討ち果たす」


一閃。


その刃が、灰鵜の胸を斬り裂く。

膝が砕け、手が短剣を落とす。

それでも──灰鵜は顔を上げていた。

最後の最後まで、宰相の方だけを見ていた。

声は、もはや風の中に掻き消えそうだった。

「……これまで……か……」


──そして、崩れ落ちた。

その背を、宰相シグナスは見つめていた。

声は届かず、手も伸ばせなかった。

まなざしが向かい合い、彼の名を呼んだあと、

ただ、目に見えぬ何かを呑み込むように、静かに口を閉じた。

灰鵜は、表向き名前を持たなかった。

民に知られることも、墓標を与えられることもない。

それでも確かに、

この王国に一人、忠誠を尽くした英雄がいた。

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