表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/108

28(追憶)

 任務は過酷だった。

 腐敗した貴族の密会を盗聴し、敵国に忍び込み、時には“事故”に見せかけて始末する。

 そのすべてに宰相シグナスは目を通し、密かに指示を与えていた。

 誰にも見せない、冷徹で完璧な采配。しかし、フードの男だけは知っていた。

 ──この人は、本当は冷たい人じゃない。

 ──この人は、俺を道具にしながら、誰よりも俺を“人間”として扱っている。


 ある日、任務中にフードの男は失敗した。

 手紙をすり替えるべき王家の文書庫で、誤って副官に見つかり、逃走の末に民間の屋敷に火を放ってしまったのだ。


 被害者の中にいたのは、幼い子どもを含む三人。

 その命が失われたことを知った彼は、任務を報告したあと、誰にも告げずに姿を消した。

 王国の密偵が、逃亡した。


 シグナスは私兵を出して探させ、三日後、ボロ布のように汚れた彼を王都の墓地で見つけた。

「殺してくれ……俺は……人を……子どもを、殺した」


 雨の中で、震える声。

 その男に、シグナスは無言で肩を叩いた。

 そして一言、こう言った。


「忘れるな」

「……っ」


「命の重みを刻め。君の背には、これからもっと多くの死が圧し掛かってくる。──それでも生きるしかないのだ」

フードの男は、涙を流した。


 その夜、シグナスの書斎で二人は静かにワインを酌み交わした。

 密偵と主従というより、ただの一人の人間と、一人の人間として。


 灯火の下で、シグナスが言った。

「……君がいなければ、私はとっくに闇に堕ちていた。民衆の愚かさに絶望し、上に立つ者の醜さに吐き気を催し……。それでも、君のように“見捨てられた命”が生きていることが、私の信仰のようなものだった」

「信仰?」

「……この国に、まだ希望があるということだ」


 フードの男はその時、何も返せなかった。ただ、胸が焼けるように熱かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ