24(卑劣)
セントラグラ王城、戦評の間。
厚い石壁に囲まれ、盾と槍の紋章が並ぶ空間に、鉄靴の音が高く響く。
「奴らの“予言”とやらはすでに我らの信仰を凌駕しつつある。これ以上、座して待つは愚行に等しい!」
艶やかな黒髪を後ろで縛った将軍――クレイヴ・アルデマン卿が叫んだ。
彼は東方戦役を勝利に導いた英雄であり、鉄血の将として知られる。
「この“ルクス教”なるもの……唯一神であるイシュメル様の信仰を捨て、国を裂こうとしている。ならば 我らは剣を取る他あるまい!」
地図の上に手を突き出し、彼は敵の拠点に赤き駒を置いた。
「三軍を動かし、まずは拠点を包囲。次いで……」
その時、重厚な扉が音を立てて開いた。
「お待ちくだされ、アルデマン卿」
絹のような衣を纏い、細身の指輪をいくつも嵌めた貴族が現れた。
名をマウリクス・バルハイム侯爵。政治の裏道を渡り歩く策士である。
「兵を動かすことは容易。しかし、それにより民草が血に濡れることをお忘れではありますまい?」
将軍が苛立たしげに言う。
「策があらば申してみよ、バルハイム」
侯爵はにやりと笑い、扇を開いた。
「かつて、反逆者レオンが心を許していた一人の女がおりましてな。名は――ネミナ・エルディス。
あくまで慎ましく、控えめな才媛にございます。我らが手中に置けば、説得の鍵ともなりましょう」
宰相が眼を見開いた。
「……そのような手段は卑劣すぎる」
バルハイムは無視して続けた。
「この女を使い、レオンを誘い出せば、教団内部は混乱し、信仰の正統性も崩れるでしょう。戦わずして勝ち、信仰を掌握する。まさに一石三鳥というわけです」
クレイヴはしばし黙考し――
「……よかろう。民を守るためとあれば、剣を抜く前に策を尽くすもまた将の務めよ。侯爵、補佐に騎士一隊を付けよう」
バルハイムは深く頭を下げた。
「御意にございます」
そのやり取りを見ていた宰相シグナスは、静かに顔をしかめた。
眉根を寄せ、心の内で呟く。
(……まずい。先を越されていた。くそ……レオン……もう間に合わんぞ)