21(仮面)
夜の王都——
調査からひと月近くが経過していた。セリアス・エルナトは、路地裏の片隅で祈りを捧げていた老婆から話を聞いていた。
「……あの光会ねぇ……名前?〈黎明の光〉とか言ってたかねぇ。でも、あそこは……妙に活気があって…… 兵士が訓練していたり、信者が集っていたりしているようだよ……なんでも今回の疫病を予言して治療した、クリス様ってのがいるとか」
別の日には、街の掃除人がこう話す。
「礼拝堂って感じでもねぇ。……イシュメルの光会って雰囲気じゃあねぇよな。でも、信者がガンガン増えてるみたいだぜ?街の奴ら何かにゃあ、すこぶる評判がいい。お布施なしに治療をやってるみてぇだし、炊き出しもやってるらしいからなぁ。それと、仕事の斡旋もしてくれるんだと。どこにそんな伝手があるんだが知らねぇがな」
(これらの断片をつなぎ合わせると――レオンはもともと薬師だ。病気の治療に対する知識があったのかもしれない。クリス様?……偽名の可能性もあるな。今回のクラウス商会の活躍とその情報網を考えると)セリアスの頭に浮かんだ名前──
レオン……可能性は高いな。
新興の、奇妙な構造を持つ、しかし“異端”の香りをはらんだ小さな教団。
「……やはり、イシュメル信仰も偽りだったか?」
セリアスの瞳に決意が灯る。
***
その頃、ルクス教拠点クリス私室にて
ラウルの心核が脈動するたびに、内なる声が詩のように紡がれていく。
「……来るか。ついに」
クリスは呟いて心核を手に取った。
『偽りの光に導かれし者、真の闇に手を伸ばす。
聖者の装いを纏う影、来たり。
かつての番人が裁きを試みるが、真の光は民の中にある。
——集え、盾を掲げ、心核を高くかざせ。
そなたらの証は、新たな風となるだろう』
クリスは羊皮紙に転記してミリアに渡した。
「……“啓示”として、伝えてくれ」
啓示を受け取ったミリアが、頷いた後静かに礼拝堂の奥から立ち去った。
クリスが手にしたのは、白銀の剣。今は、鞘に“ルクス教”の印を刻んである。
ミリアの後を追ってクリスも私室から歩みを進める。
「戦う気はない。ただ、これが俺たちの真実だと証明する。護るんだ。……神に仕える者たちが、その意味を忘れたというなら、俺が教えよう」
彼に集った仲間たち、私兵である信者たちが駆けつける。
鋳造師エメルは、興奮気味に頷いて言った。
「“舞台”は整いましたね。クリス様。どう動きますか?」
頑固職人のバロムも無骨な声で加えた。
「作った剣が飾りにされるのは性に合わねぇ。振るう相手が神官様でもな。こちとら、誰の命だろうが軽く見る奴は許せねぇんでね」
レオンは彼らの顔を見回した。
「私の予想通りなら、今回は戦うことなく、相手を退けられるだろう。啓示にも戦闘になるような文言は含まれていない。偵察を兼ねて少数で来るだろうからな。策は考えてある。それに……心核が示すなら、俺も命を懸ける。……行くぞ」
***
その後、街では“啓示になぞらえた言葉”が詩として広まり始めていた。
それは吟遊詩人の歌となり、飢えた者たちの希望となり、行き場のない若者の新たな拠り所となった。
「光を掲げろ。嘘をまとった影の神官、心核に触れること叶わず。光は、夜明けを選びし者と共にある」