19(流通)
夜明け前の静寂を破る鐘の音と共に、港町グラナヴィルの朝が始まった。通りには羊皮紙を手にした人々のざわめきがあふれ、路地では熱を帯びた会話が交わされていた。それはクラウス商会から流通された「啓示の羊皮紙」によるものだった。羊皮紙にはこう記されていた。
『月の傾くその日、赤き背の魚“バロ”が群れをなして南の入江へ押し寄せるであろう。潮の満ち始めた刻こそ最良。網と船を用意せよ。』
港の漁師たちはその言葉を信じ、夜明けと同時に網を張り、船を出した。やがて、朝靄の中から赤みを帯びた巨大な魚群が姿を現す。
「見ろ! 本当に来やがった!」
「バロだ! 網を引け、今だ!」
入江は一気に歓声と活気に包まれ、かつてない豊漁となった。魚は港に溢れ、干物に加工され、商人たちの荷車で各地へ運ばれていく。市場は活況を呈し、魚を安く手に入れた民も喜びに沸いた。
その頃、賭場では一人の男が黙ってストライクコインで購入した啓示の羊皮紙を握りしめていた。
羊皮紙にはこうある。
『夜半の終わり、六角杯を操る男“イェズ・トウル”に最後の賭けを託せ。運命の目は、赤を指す。』
「赤だ……俺の全てを賭ける」
男はすでに啓示が本物であることを知っていた。かつて同じように示された“港の火災”が正確に起こったのを目撃していたからだ。
周囲のざわめきの中、最後の賭けが始まる。サイコロが振られ、転がり、赤の目が二つそろった瞬間、賭場は爆発するような歓声に包まれた。
男は叫んだ。
「やった……やったぞ! 聖なる光の導きに賭けて正しかった!」
その男の手には山ほどの聖貨が積まれていた。
また、山間の小村では、こうした啓示も記されていた。
『古の森“ヴァルト・ニーヴ”の東、干からびた川筋にて、月蝕の翌日、銀の鉱脈が姿を現す。地を掘れ、光を掘り出せ。』
信じた若者たち数人が、古びた工具と手桶を手に山に向かい、示された場所を掘った。数時間後、彼らは鉱脈の一部を発見。青白い銀の鉱石が姿を見せた。
彼らは英雄のように村に戻り、すぐさまその報はクラウス商会を通じて都市に知れ渡り、多くの民が希望を抱えて山を目指した。
予言を得た者は、皆“ストライクコイン”を手にしていた。
それはエメルとその弟子たちが、山岳地の鉱石を元に錫や銅を溶かして作る、精緻な鋳造貨幣であった。神の聖槌を模した打刻器で“ルクスの刻印”が打ち抜かれ、模倣不可能な複雑な模様と神聖文字が彫られている。
このコインは各商会で聖貨(金貨・銀貨)との交換が可能であり、取引は「信仰による利得」の象徴となった。
こうして、都市や村々では、予言が富を生み出す現象が次々と証明されていき、ストライクコインを手に入れようとする者が列をなし、銀貨で売買されるほどになった。
予言を扱う商会は聖貨で潤い、その資金はルクス教団へと還元されていく。物資、武器、布地、食糧、そして武装化された信徒団へと。
啓示は、単なる予言ではなく――経済と信仰を結ぶ新しい“通貨”となっていた。