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18(構造)

 鉱山廃村の一角、もとは道具置き場だった石造りの小屋の中。クリスは、木製の粗末なテーブルに両肘をつき、黙したまま視線を宙に置いていた。


 壁には煤けたランタンが灯り、かすかな明かりが彼の金の瞳を照らす。硬質な輝きを放っていたはずの琥珀色の瞳が、いまは慎重に、何かを探るように揺れている。


 向かいには、クラウス商会の長、クラウス・ヴェルスティン。長身で痩躯の彼は上質な絹のシャツの袖を少しまくり、品のある眼鏡の奥から、柔和だが侮れぬ視線を向けていた。

 クラウスがクリスに向かって静かに口を開いた。


「……店に来ていた“追手”ですが」

「……フードの男か」


「追跡……そして監視中だな。だが、少なくとも『レオン個人』に向いているのは間違いない」

 レオンの眉がわずかに動いた。

「……それは、私を“引き上げた”宰相の意向と関係があると?」


 クラウスは頷きながら、グラスに水を注いだ。

「おそらく。わざわざ人相書きに署名されていたからな。関係がないとは言えん。宰相シグナス・ユリシオンは、……レオンの所在と、次にどこへ向かうのかを注視している。彼が指し示す“未来”は、常に双方向。救いと、掌握と」


 クラウスは、記憶の中であのフードの男の無機質な気配を思い出す。背筋を撫でるような冷たい視線。誰にも気づかれず、すでにそこにいたような存在感。

「宰相は、最初から……私の“行動”を見ていたのか」


 クラウスは目を細め、低く答える。

「メギル草の一件からは確実に把握されている。今後接触してくる可能性を考えた方がいいな」


 クリスは短く息を吐き、視線を切った。

「……だとしても、進むしかない。後には引けないだろう」


 クラウスは微笑み、懐から小さな巻物を取り出した。羊皮紙を解くと、そこには奇妙な文字列と幾何学的な図形、そして浮かび上がるような金粉の線が走っていた。


「それが、ラウルの心核が示した啓示だ。商会独自の羊皮紙を使用している。俺の記録係が、お前の言葉通りに写したもの。だが、この紙の価値は、情報だけじゃない。これは、“天啓”だからな」


 クリスはその羊皮紙を手に取る。軽いのに、内に秘めた重みが確かにあった。

「これを……人々に?」


 クラウスは頷いた。

「我々は羊皮紙にこの“啓示”を写し、クラウス商会の流通網を用って他の商会に販売する。“預言”は信仰となり、信仰は経済となる。」


 彼はポケットに手を入れると一枚のコインを取り出した。そこには、聖貨ではない美しい意匠が刻まれていた。

「啓示の販売には、この“ストライクコイン”を使う。エメルという名の天才的な職人が、拠点近くで鋳造の体制を整えた。これを現在の聖貨とトレードする」



***



 煙突の折れた精錬小屋の内部。熱された炉の中で、銅と錫の合金がドロドロと溶け、赤く脈動していた。

 エメルは体が細く、髪は茶髪のくせ毛で馬のたてがみの様に乱れていた。顔も服も煤だらけだが、その青い目は職人の“狂気”と“芸術”を同居させたように、鋭く輝いていた。


聖槌ルクスハンマー、打つぞ!」


 ガン! ガン! と炉の響きに合わせて槌音が走る。

 溶かした金属を型に流し込むと、ルクスの刻印が彫られた鉄型をあて、聖槌を振り下ろす。


 カーン!


 音とともに浮かび上がったのは、中央にルクスの神印、周縁には幾何の線が走る複雑な意匠。模倣を困難にするエメル独自の“微細構造”が施されていた。

「この模様、気づけるやつは千人に一人もいない。だが、光はそこに宿ってる……模倣なんかさせないよ」

 弟子たちは黙々と鋳型を整え、冷却し、検品する。すでに500枚以上のコインが整っていた。



***



 クラウスは続ける。

「この“光の預言書”をストライクコインで買った者は、市場での優先取引権を得る。最初はクラウス商会との交換に限定し、次に民間へ。経済圏を形にするんだ」


「それが、ルクス教の第一歩……?」

「信仰が価値を生み、価値が共同体を守る。分散型自律組織とでも言おうか。複製はほぼ不可能。中央の支配に頼らぬ、新たな社会が築けるかもしれない」


 クリスは深く頷いた。

「……これは、すごいな。自分たちの経済圏を確立しつつ、出回っている聖貨を回収することで、国家財政にも影響を与えることができそうだ」


 クラウスは微笑を深めた。

「レオン、お前には人を導く光がある。宰相がそれを見込んだのも、無理はない。……だが気をつけてくれ。フードの男だけでなく、王国がどう接近してくるか」


 レオンは、コインの輝きと、羊皮紙の中の啓示をじっと見つめた。

 夜が明け始める。


 だがその光は、予言めいたものではない。

 人が、自らの意志で刻んだ新たな夜明けだった。

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