17(内部)
陽が落ち、あたりが深い闇に包まれると、この拠点はまるで別の顔を見せる。
ネイブ(本堂)の中央──会議用の円卓には数本のランプが灯り、その周囲に寄り集まる者たちの顔をぼんやりと照らしていた。
石の壁には蝋燭の炎が揺らめき、光と影が重なりながら舞う。誰かが羊皮紙を広げ、誰かがその脇で地図に印を打つ。焚き火の代わりに使われる鉄製の火鉢からはほのかに木の香が立ちのぼり、そこにいる者たちの体と心をほんの少しだけ温めていた。
窓は夜間用の板で塞がれ、音は外へ漏れにくいように工夫されている。夜警の私兵が静かに交代し、玄関ホールの扉前で慎重に見張りを続けている。
誰もが知っている──この場所はまだ、完全な安全などとは程遠いのだと。
一方、内陣ではクリスが蝋燭一本の明かりで書見台に向かっていた。彼は心核を見つめる。
かすかに明滅するその光を、まるで導きのように捉えながら、彼は記される未来の一節を静かに読み解こうとしていた。
黎明の光に集う者たちは、剣士ばかりではなかった。鍛冶、物資の管理、薬草の調合、偵察、そして護衛。誰もが自らにできる務めを果たすべく、この礼拝堂の中で暮らしを組み立てていた。
朝は、薄明かりの中で小さな訓練場が設けられる。本堂の椅子を撤去した空間に稽古用の木剣が打ち鳴らされ、私兵団副長候補のグラッツ・バードルフが厳しく号令を飛ばしていた。
「無駄口を叩くな、刃で語れ。お前たちは、神の剣ではない!」
グラッツは実直で武骨。だが面倒見の良さと責任感の強さで、皆から信頼されていた。
訓練の合間には、エメルがふざけ半分に木剣の装飾に細工を加え、バロムが「余計な事すんな!これは芸術じゃねぇ、道具だ」と眉をしかめて叱りつける様子が見られる。
陽が高くなると、側廊にある小さな調理場で湯気が上がり始める。食事当番が交代で炊いたスープと干し肉を配りながら、共に肩を並べて食卓を囲む時間──
それは短くも、貴重な団結の場だった。
側廊の一角。
そこに設けられた“癒やしの区画”には、ミリアの姿がよく見られた。
彼女は信者を得るために、今日は語り部として振る舞っていた。
「今こそ、闇の中に咲く灯を見つけましょう。世界はまだ、終わりを迎えていないのです――」
そう語る姿は、まるで古の聖女のようだった。だがそれは計算ずくの仮面でもあった。
彼女の手にある小さな巻物には、心核から得た啓示を元に詩的な言葉が書かれていた。
『仮面の神官、偽りの光。
されど正しき炎は、沈黙の祈りより立ち上がる。
我らはただ、人のために剣をとる』
その詩を、ミリア声に出して読み上げていた。
かつては母の治療で疲弊していた少女が、今では信者の前で聖句を読み、希望を語る顔になっていた。