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15(異質)

 王城の大理石の回廊には、疫病の騒ぎもようやく静まったことを告げるように、再び重厚な足音が響く。疫病により一時中断されていた“レオン捜索”は再開され、騎士団が動き出していた。


 王城付近。石造りの薄暗い地下室。フードを深くかぶった男は、手元の報告書を握りつぶした。


「……クラウス商会、相変わらず尻尾を出さないな。だが、あいつだ。間違いない……あいつが隠している」


 男の言葉に返答はない。部屋にいるのは彼一人きりだった。ただ、壁際には地図と、何枚もの監視記録の紙が無造作に貼り付けられている。


「見つけ出してやるさ……レオン。お前が何者だろうと」


 王城内。石造りの奥深い礼拝空間──“政信の間”では、豪奢な緞帳と金線が施された円卓を囲んで、三人の男たちが重苦しい沈黙を保っていた。


 沈黙を破ったのは、銀色の鎧を纏う壮年の騎士。王国騎士団を統べる将軍、クレイヴ・アルデマン卿である。


「病魔が蔓延っていた街もすっかり落ち着いたのでな。……陛下は改めてレオン・ノマレスの所在を追うようにとのことだ。神殿とも協調し、神官の派遣も認められている」


 鋭い声に、対面の男──王国宰相シグナス・ユリシオンは、眉をしかめて視線を落とした。

 その手元には、羊皮紙に記された王命がある。王印は間違いなく本物だった。


「……その件、一方的な対応に私は異を唱えたはずだ。彼は、罪を問われるような行為は──」

「国法違反の大罪人で処刑前であったではないか!問うかどうかを決めるのは、王とこの王国の法ですぞ。……あなたではない、宰相殿」

 冷ややかな言葉に、シグナスは声を失い、静かにうつむいた。


 その横に立っていたベルト・メルドリス神官長は、あたかも芝居を観劇するかのように唇を緩めた。

「神は真実を照らします。──どれほど光から逃れようと、罪は罪として明らかになるのです」

 場の空気が凍りつく。


 シグナスは苦悶の表情で目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。

「……どこへ行った?レオン……。生きていてくれ……頼む」


 かつて、薬師として王に仕えることに躊躇いを見せていた青年を、自ら引き上げ、才覚を信じて支えた。

 だからこそ今の騒動も、どこかで彼を追い詰めてしまったのではないかという悔いが胸を締めつける。


 ──すまないことをしてしまった。

 胸の内で繰り返されるその言葉を、シグナスは飲み込んだ。


「陛下が……最近、クレイヴ卿と密に動かれているのが気がかりだな」

 自分でも気づかぬうちに、言葉が漏れていた。


 その一言に、クレイヴが鋭く目を細める。

「陛下のご意志に、何か問題でも?」

「いや……」

 シグナスは首を横に振ったが、胸中には明確な不安があった。


 ──王とクレイヴが手を組めば、何者も逆らえない。

 その矛先がレオンに向けられた今、自分の立場ではどうすることもできない。


「……セリアス神官と、騎士団の合同捜索隊を明日発たせろ。陛下の護衛は私の直属から二名付けておく」

 クレイヴが命じると、神官長が礼儀正しく頷き、口角だけがゆっくりと引きつるように上がった。まるで、皮膚の下に別の生き物が棲んでいるかのように。


 その笑みを見ながら、シグナスは確信した。

 ──これはただの捜索ではない。

 宗教と武力の両方が、一人の若き薬師を“導く”ふりをして、ただ“潰し”に来ている。

 己の手ではどうにもできない流れの中で、シグナスは静かに唇を噛み締めた。


 その直後、重い扉が静かに開き、一人の青年が進み出た。蒼の神官装束をまとい、銀糸の装飾が淡く光を帯びる。


 ──セリアス・エルナト。

 若くして“神殿の剣” “神の代弁者”と称される才覚の持ち主であり、王の側近として直接会話を許された特例の存在であった。


「将軍閣下、宰相閣下、神官長殿。ご命令の通り、レオンという薬師の捜索に全力を尽くします」

「期待しているぞ、セリアス」

 アルデマン卿が言うと、メルドリスがふと懐から数枚の羊皮紙を取り出した。


「──こちらを、調査対象に追加しろ。近頃、神を騙る予言書が出回っているらしい。」

「これが……予言書?」

 セリアスが目を細める。


『麦の穂が風に揺れる刻、東の空に雲が集う。

 その日種を撒く者、三倍の実りを受けるだろう。

 汝、土を信ぜよ。大地は報いを忘れぬ』


『三と七の交差する夜、杯を伏せし者に運が宿る。

 銅の輪が二つ重なる時、黄金は汝の懐に落ちる』


『市場の角で眠る猫、黒き尾を持つ者。

 汝がそれに施しを与えしならば、

 三日の後、知らぬ者より贈り物を受けるだろう』


『海の泡が白く輝く時、塩を運ぶ者に風が吹く。

 西より風を受ける時、銀の歯車は二度転がる』


「これらが、一部で出回っているようだ。これは我らの教義とは明らかに異質だ」

「──断ち切るべき“闇”というわけですね」


 セリアスは羊皮紙を両手で丁重に受け取ると、静かに礼を述べた。

「神の光の下、必ずや見つけ出してみせます。レオンも、その“闇”も──」


 やがて青年の姿は、静かに部屋を後にする。

 王と神殿の、見えざる手が再び動き出した。

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