13(野心)
クラウスは机に肘をつき、薄暗い灯火のもとで啓示を見つめていた。羊皮紙に写した文字すら、まるで意志を持つかのように思えた。明かりを反射するたび、彼の胸の奥に何かが灯っていく。
「……当たった。まさか、あの“メギル草”の件が現実になるとはな」
治療薬としてラウルの心核が示した啓示のとおりだった。そのおかげで自分は多量のメギル草を確保でき、いまやその在庫は十倍以上の価値を持っている。
「啓示は使える……真意を読み取ることが出来れば」
クラウスは静かに笑った。その目には、鋭い光が宿っていた。
「俺に、ついにチャンスが巡ってきた」
商会長として動いてきたが、そろそろ“商売人”という立ち位置に甘んじるつもりはなかった。レオンは誠実だが、理想に殉ずる覚悟を持ちすぎている。自身の命より他人の命を優先するような男だ。だからこそ、自分が動かなければならない。
「この予言を使えば……信仰を通じて、通貨と流通を支配できる。世界を牛耳ることも、夢じゃない」
クラウスは席を立ち、部屋の隅にある小型の金庫に目をやった。聖貨。あの腐敗しきったイシュメル教と王政を象徴する通貨だ。どうやってそれを“崩す”か――。
「……いや、“交換”すればいいんだ」
はっと息を呑む。
「聖貨を無理に潰す必要はない。新しい価値で“置き換える”んだ。“啓示”と、それを買うためのコイン……“新しい経済”を作る……!」
思いついた。勢いそのままに、彼は机の下の引き出しから図面とインクを取り出し、コインの意匠を書き始めた。
「そして……そのコインには、模倣できない仕掛けがいる。エメル……あいつならやれる」
変わり者だが、芸術を宿した天才職人の顔が脳裏に浮かぶ。クラウスは笑った。自分の足元で、未来が形を持ち始めていた。
――だが、クラウスは一枚の地図を見つめていた。
彼の指は、北東の山間にある古い採掘坑をなぞっていた。
「……このままじゃ、いつ追手が来てもおかしくない」
声に出さずに呟き、彼は地図の端を折り返す。
「表向きは静かに進める。だが、その裏で……秘密裏に防衛拠点を整える。宰相が動き始めたなら、俺も手を打たねばならない」
琥珀の瞳が静かに光った。
「“預言”に酔う前に、“備え”を忘れてはいかんからな」