101(継明)
王政の復興にあたって、シグルド王は一人の若者を呼び寄せていた。エメル──その器用さと発想力は、輝きを放っていた。
「君にはこの王国の“象徴”を託したい」
そう告げられ、エメルは王より銀冠爵を授けられた。正式な称号は「王国冠装師」。彼の新たな任務は、英霊たちを祀る慰霊堂の設計と装飾、そして新たな硬貨──記念金貨の制作であった。
慰霊堂は王都北側、風の通る丘に建設が始まった。荘厳な石造りの霊堂で、外壁は風化しづらい鉛灰石、柱や扉には魔除けと信仰を象徴する浮彫が刻まれ、内壁には討伐隊全員の名が金箔で刻まれる予定だ。中央には、クラウス、ダグラス、イレガン、ザモルト達、そしてベルドを祀る巨大な慰霊碑が建てられる。
王命により打刻される記念金貨には、表面に二人の王──レオンとシグルドの並び立つ姿が、裏面にはゼレファスに立ち向かう戦士たちの紋章が刻まれる。これは「新たな時代の証」として銀貨、銅貨を中心に広く民衆にも流通させる予定だ。
***
一方、戦のさなかに王都を彷徨っていた男がいた。トリス──かつて薬草園から逃亡した隻眼の盗賊。
現在は「トリス・ラゼラント」と名乗っている。彼はゼレファス討伐の混乱のさなか、旧祭壇跡でひとつの「石」を見つけた。
それは、かつてミリアが回収し、密かに潜めていたラウルの心核だった。
黒く変色していたはずのその核は、いつのまにか輝きを取り戻し、淡い黄とも橙ともつかぬ、かすかに温もりを感じさせる美しい色合いを放っていた。
その輝きに心を奪われ、手に取った瞬間──トリスの瞳には、名もなき熱が宿った。
***
王都再建の槌音が響く中、エメルは巨大な石材の前で額に汗していた。
仲間の墓標を建てるための記念碑、その装飾の全てを彼が一任されていた。
「……全部、俺がやるって決めたんだ。時間はかかると思うけど……」
彼は静かにそう言い、金槌を握り直す。
かつて恐れおののき、仲間の死に膝を折った彼の姿はもう、どこにもなかった。
その手の動きは真っすぐで、強く、優しかった。
「最高の装飾を施してやる!これが……俺の仕事だ!」
その背に声がかけられた。
「エメル……準備が、整った」
振り返ると、そこには旅装を整えたレオンたちの姿。ゲルハルト、バロム、そして右腕を包帯で巻かれたリオスがいた。
「え……もう?」
石に手をついていたエメルの声が震える。
「……なんだよ、もうちょっとでコイツの目のあたりに装飾が彫れたのに」
「仕上げはお前にしかできないさ」
ゲルハルトが言う。
「ゲルハルトもそうだが、一番昇進しちまったんだからな。王様の専属技師、銀冠爵だっけか?」
バロムも声をかける。
「くぅーっ、俺が皆より出世しちゃうとはねっ!」
エメルは照れ隠しに笑い、けれど目元にはにじんだものを隠せなかった。
「また会いに来てくれよ!俺も仕事が片付いたら、王様に頼んで帝国まで外出許可をもらえるようにするからさ!……本当に!」
「待ってるよ」
リオスが柔らかく笑う。
「元気でな、エメル」
バロムが手を挙げ、エメルもそれにぶんぶんと応えた。
四人は馬にまたがり、東門から帝国へ向けて歩み出す。
大地に新芽が芽吹く音すら聞こえるかのような、穏やかな風が吹いていた。
王都の石畳が遠ざかる。
レオンはそっと振り返った。
新しい城壁、再建されつつある街、そしてエメルが見える。
そのすべてを眼差しに収めて、静かに、ただ一言を呟いた。
「……あの日、俺たちが守りたかったものは……確かに、ここに在る」
彼らは、帝国へと馬を進めていった。
新たな命が、待つ地へと。