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【初作品】DAO ~私鋳貨と異形による国家崩壊~  作者: Geppetto
Demons Are Operating ー 悪魔の手引き
104/108

100(追慕)

 戦いの喧騒がようやく落ち着きを見せはじめた頃、レオンはふと、胸の奥に小さな引っ掛かりを覚えた。

 それは傷ではない。痛みではない。ただ、彼の心に置き去りにされた、ひとつの名前──ミリアのことだった。


 最初の啓示に従って「赤い外套の少女」を探し、彼女と出会った。

 脱獄を果たしたばかりの、何者でもなかった頃のレオンにとって、ミリアは常に第一に寄り添い、支え続けてくれた存在だった。


 だがネミナの記憶を取り戻してからというもの、レオンの心は彼女のことで手一杯になっていた。

 急くように旅立ったその背には、別れも、礼も、言葉すらもなかった。


 帰還して初めて知る、悪魔に取りつかれたとされるミリアと、彼女の母イレナの死──。

 その報せは、彼の心を冷たくえぐった。


 思い返すのは、出会ったばかりのあの夜。

 夜露の落ちる草原で、二人はフィレアの花を摘みに出かけた。

 白く淡い光を宿すその花は、イレナの病を治すために必要だった。


 続けて採ったトリュリの樹液。

 光と香りに包まれた静かな時間。少女が期待を込めて目を輝かせ、レオンが静かに一般論として目の病の話をしたあの時間は、まるで年の離れた兄妹のようだった。


 死体は見つからなかった。


 だがレオンは、王都近郊の墓地の一角に、特別に二人のための墓を設けさせた。

 そこに、そっとフィレアの白花を添える。

 墓前に立ち尽くすレオンは、手にした花を見つめながら、なかなか言葉を紡げずにいた。

 どこから話せばいいのか。何を語れば、彼女に届くのか。

 黙していた唇が、ようやく静かに動いた。


 「……ミリア……」

 名を呼んだ瞬間、胸の奥から熱い何かが込み上げてきた。

 かつて夜更けに花を摘みに行ったあの静かな時間。

 希望にすがるように、母の回復を信じた、あの真っ直ぐな瞳。

 自らに寄り添い、笑いかけてくれた日々。


 「……ミリアがいてくれて……本当に救われてた。……気づけなくて、本当にすまない……」


 語るごとに、感情が胸を震わせる。

 謝罪の言葉が、感謝の言葉が、哀悼の祈りが、すべて一つに溶けあって喉に詰まる。


 「私のせいだ……」


 「ごめん……」


 涙が頬を伝うのを、震える指で拭う。


 「会いたかった……」


 言葉の一つ一つが、まるで染み込むように、土へ、空へと滲んでいく。


 やがて、声を押し殺しながら、レオンは静かに続けた。


 「どう、償ったらいいのか、わからないんだ……だから、懸命に生きて見せる。どうか……そばで見守っていてほしい」


 深く一礼し、墓の前から立ち去るレオン。


 その背に、ふわりと風が吹き抜けた。

 風は、添えたフィレアの花をゆるやかに揺らし、

 花弁の香りを含んで、懐かしい記憶の奥をくすぐった。

 まるで——あの元気だった少女が、


「クリス様!」


 と、いつもの調子で呼んでくれたかのように。

 当然のように、まっすぐで、少しおどけた調子で。

 いつもと変わらぬ声で。

 

「ミリア……?」


 立ち止り、周囲を見渡すレオン。驚きとともに、口元にはかすかな微笑みが浮かんでいた。

 まるで、その声が、風と共に届いたのだと、信じているかのように——


 そんな、笑って背を押す、優しい風だった。

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