96(共闘)
礼拝堂を突如震わせた、甲高く、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。
ゼレファス本体が、ベルドの短剣をその胸に刺されたまま、長大な四肢を広げ、天へと向けて吠えた。単眼が異様に見開かれ、濁った光を灯しながら天井を貫くような咆哮を続ける。
その声は、まるで魂を引き裂かれるかのような悪意の塊だった。
「……ッッ!!」
兵たちの足が止まる。目を見開いたまま、息を呑むだけで、動けなくなっていた。レオンもエメルも、バロムですら、一瞬、全身を凍りつかせていた。何か見てはならぬものを目にしたような……そんな直感的な恐怖が、礼拝堂の空気を支配していた。
そのときだった――。
異音もなく、ゼレファス第二世代が突如として動いた。空気を裂くように放たれた鋭い尾は、一直線にゲルハルトの背へと突き刺さらんとしていた。
「ゲルハルト!!」
叫んだのは、後方支援をしていたリオスだった。彼は、他の誰よりも冷静に戦況を見渡し、ゼレファス第二世代の挙動に違和感を察していた。
咄嗟に駆け出し、ゲルハルトを突き飛ばした瞬間――
ザクリ、と肉を裂く嫌な音が響いた。
リオスの右腕が、肘から先を失って宙を舞った。血飛沫が礼拝堂の床に大きく広がり、苦痛の叫びが響き渡る。
「リオス――ッ!!」
ゲルハルトが叫ぶ。その目に驚愕と……悔悟の光が混じった。
(……クソッ!!油断した。俺のせいで……)
自身の甘さを噛みしめるように瞼を伏せる。だが、その迷いは刹那で振り払われた。怒気が、彼の目に宿った。彼の剣が低く構えられる。
次の瞬間――ゲルハルトは動いた。
これまで防御に徹していた剣が、風のように閃く。第二世代ゼレファスは、槍で必死に防戦に回るが、それすら追いつかない。尾の攻撃も、剣筋一つでいなし、立て続けに刃が胴や腕を裂いた。
一太刀、また一太刀。
流れるような連撃の中に、殺意と技巧が入り混じる。完全に攻守が逆転していた。
その隙を、レオンは見逃さなかった。
「――ッ!!」
鋭い一突きを、ゼレファスの脇腹へと滑り込ませる。しかし、それは本命の一撃ではなかった。レオンは最初から、“刺す”ことでゼレファスの注意を逸らすフェイントに出ていたのだ。
「今だッ!ゲルハルトッッ!!」
わずかに体勢を崩したゼレファス。その挙動の乱れを捉え、ゲルハルトは叫びと共に剣を振るった。
剣は、真一文字に振り下ろされ、ゼレファス第二世代の頸部に突き立った。分厚い鱗を貫き、骨を砕き、肉を裂く。ゼレファスの頭部はそのまま空を舞い、重い音を立てて床に転がった。胴体は一瞬の遅れで膝を折り、崩れ落ちた。
一瞬、静寂――
「リオス!!」
レオンが駆け寄る。地に伏していたリオスの傍らに膝をつき、彼の腋窩を強く押さえつけた。
「今、止血する……! 動かないでくれ……!」
リオスの顔が苦悶に歪む。だが、レオンの手は微塵も揺れなかった。固くまとめた布が、腋窩の深部に押し込まれる。呻きが漏れる間もなく、その上から帯が強く巻きつけられた。布が動脈を内側から押しつぶし、血の流れを無理やりせき止めた。
レオンは兵士たちに声を上げる。
「おい! 担架を作れ! 南の治療班へ、急げ!!」
命令に応じ、数名の兵が即席の担架を組み上げ、リオスを担ぎ上げて礼拝堂を駆け出していった。
「これで……残るは本体のみ、か……?」
レオンの言葉が、礼拝堂に響いた――が。
ギィ……ギギギギィ……
不快な摩擦音が、礼拝堂の天井裏から這い寄ってくる。
誰かが振り返った。そこには、無数の影――かつて各地に散っていったはずの、小型ゼレファスたちが、叫び声に呼応するように集まってきていた。
「……総力戦だな」
ゲルハルトが呟く。その背には、再び剣が構えられていた。
ベルドのもとへ、援護に向かう兵。レオン、バロム、エメルもまた、剣を構え直してゼレファスの群れに向き直る。
その中で――
ベルドは、静かに祈っていた。
手にした法剣の根元に手を添え、聖句を紡ぎ続ける。その姿は、まるで――かつてのヴァレンティウスを彷彿とさせていた。
どんな結末が待つのか――戦の結末は、静かなる祈りの手に託されていた。