第3話 ギルバートという男
読んでくださり、ありがとうございます。
いつも通り店に立つミラだが、今日は街の雰囲気が違うことに気付く。屋台のある通りをバタバタと走る者がいたり、どこかピリッとした雰囲気が漂うのだ。
首を傾げるミラにエルザが事情を教えてくれる。
「なんだか魔物の盗伐に行った騎士様ご一行の中に、怪我人が出たらしくってね。それでこんな田舎の街に寄ったみたいなんだよ。それで、あれが必要だのこれが欲しいってことで、皆が大慌てさ」
「騎士の一行がですか? でもそんなに物資が充実してるわけでもないですし、頼まれた方も困りますよね」
王都から離れた田舎の街リブルは、田舎としてはそこそこ充実しているが品ぞろえが良いとは言えない。小規模な薬屋や医療を行う救護所があるのみだ。怪我の程度にもよるが、治療は王都のようにはいかないだろう。
「まぁ、衣服や装備を中心のこのエルザさんのお店には関係のない話さね。さぁさ、ミラ。今日も稼ぐよ」
「……はい!」
品物を出して、綺麗に並べていく。ジルが編んだ新作のブレスレットを気軽に手に取れるように客から近い方に置くのは、色合いが可愛らしく値段も手頃なためだ。
このブレスレットにもミラは小さな付与をかけている。「災難を避けられるように」そんな聖属性の小さな付与に気付く者はいない。
数年間、ミラは付与をかけてきたが誰にも気付かれることはなかったのだ。
騎士がいて街が騒がしかろうとも、ミラとエルザには関係のない話。
このときまでミラはそう信じて疑わなかった。
*****
男達は疲弊していた。魔物の盗伐に乗り出したまではよかったが、1体だと思われていた魔獣は2体いたのだ。なんとか辛勝したが、多くの者が負傷し、その上、魔術師が魔物の吐いた毒に倒れた。
その魔術師は治癒の力を持っている。そんな魔術師が倒れた今、必要なのは薬草か優秀な治癒師、あるいは聖属性の魔術師だ。
それだけではない。この地に留まるためには宿の確保も必要になる。
「すみません。ギルバート様まで駆り出してしまって」
「まぁ、仕方ないだろ。怪我をしたのが魔術師じゃ、治癒にも時間がかかるしなぁ。おまけに負傷した多くは新人だし。まぁ、じっとしてるのも性に合わん」
そう言いながら、二人は街中を見回し、薬草を販売する店の情報や宿の場所を探している。市場に並ぶ店の中、気の良さそうな女主人にアレックスが声をかけてた。一瞬驚いた女主人は、アレックスの問いかけに物怖じすることなく答える。
この場はアレックスに任せようと思ったギルバートはふと、売られている品々に目を向けた。
「――これは……」
感じられたのはかすかな魔力。そこには微量だが、質の良い魔力が込められていた。こんな小さな村に付与師がいるとは思えない。
しかし、売られている物の多くにわずかだが、付与の力が込められているのだ。
「これは私の家族が作ったものなんです。毎日、丁寧に作っているんですよ。どの品もおすすめです!」
薄茶の髪に濃いブラウンの瞳をした素朴で素朴で愛らしい娘が、嬉しそうに声をかけてきた。騎士に惹かれてではなく、純粋に家族が褒められたことが嬉しいのだろう。商品をあれやこれやと説明し出す。
懸命に思いを込めて作るうちにそれが付与の力となったのだろうか。ギルバートは目の前の少女に詳しい話を聞かねばと、彼女の手を取る。
「これはどなたが作ったものなのか? 教えて頂けないか! この御方の力が皆を救うことになるかもしれない!」
「え!? えっと……それはですね。ちょっと困ると言うか……」
作ったのはジルである。体の弱いジルが表に出ることはない。彼は付与に気付いたのだろうかとミラは慌てる。付与が発覚すれば、この小さな村で過ごしていくことは出来なくなる。
ミラとジルは再び、引き離されることになるだろう。どう言い訳しようかと頭を働かせるミラに、心強い味方が声をかける。
「ちょ……! いくら騎士様といえどもそれは横暴だよ!」
慌てるミラにエルザが助け舟を出す。ミラの両肩をぎゅっと握り、離さない。彼女と話をしていたアレックスも急なギルバートの行動に驚き、諫める。
「ギルバート様、もう……彼女も驚いているじゃないですか」
「す、すまない。つい、慌ててしまった」
付与の力を有している者が近くにいる。その事実にギルバートはめずらしく狼狽し、強引な態度に出てしまったのだ。
しかし、そんな彼の行動を見たアレックスもエルザもまったく異なることを考えた。ギルバートはこの少女ミラに一目ぼれしたのだと。
ギルバートが手にしたのは手作りのブレスレットだ。丁寧に作られており、配色にもこだわりが見える。しかし、高価なものではないし特別なものにも見えない。それにもかかわらず、必死で彼女に話しかけているのだ。はたから見れば、そう見えてもおかしくはない。
「……そうだな。確かにアレックスの言う通りだ。まだ、名を名乗っていなかったな。私の名はギルバート、ギルバート・リードだ。騎士団長を務めていて、ここへは魔物の討伐で訪れている。仲間の治癒に時間がかかるため、しばらくはここにいる予定だ」
名を名乗るばかりではなく今後の予定まで伝える姿に、ギルバートの本気具合が伝わり、アレックスもエルザも目を瞠る。
伝えられた本人は、あまりしっくり来ていないのかギルバートをじとりと見上げ、黙ったままだ。
そんなミラの様子に、ギルバートの身分を知ったエルザが流石に無礼になるとフォローする。
「き、急なことなので、この子もすっかり固まっちまって……。その、また日を改めて貰うってことでどうでしょうねぇ」
「えぇ、私も同感です。今日は宿を決めたり、治療出来る者を探さねばなりません。多忙なのですから」
エルザの言葉にアレックスも大げさに同調する。なぜか彼の尊敬する騎士団長は、素朴な町娘にご執心だ。見つめ合うこの二人をそのままにしておくわけにもいかない。今日のところは引き上げ、ギルバートの心の内を確認する必要がある。
ギルバートの心中と全く異なる想像をした二人の言葉だが、彼は冷静さを取り戻す。
だが、アレックスの言葉にミラの表情が曇る。この小さな街に治癒師は一人しかいないのだ。
「その、治癒師でしたら一人いらっしゃいます。この街ただ一人の治癒師で、ジミーさんって言います。その方を頼ってみてはいかがでしょう」
「そうだね、それがいい。この街の外れに住んでる偏屈な爺さんだ。でも、あの人以外に頼れる人はいないと思うよ」
突然、訪れた騎士達に警戒するミラだが、治療を必要としている者を放っておく気にはなれない。そう思って、情報を伝えたミラにギルバートは柔らかな微笑みを向け、再び手をがしっと握る。
「ありがとう、助かるよ。礼に何か買わせてくれないか? そうだな……君が選んでくれ。怪我をした仲間に贈りたいんだ」
「あ、いいですよ。そうですね……このブレスレットなんてどうでしょう」
ミラが選んだブレスレットも小さな付与が掛けられている。
それは「健康祈願」だ。大きな力ではないが、治癒を必要としている者がいるのなら、怪我の治りも良くなるだろう。これもジルが作ったものだ。
「これか……ありがとう。」
「いえ、早く良くなるといいですね」
硬貨とブレスレットを交換するように受けとったミラは、手の中を確かめて目を丸くする。そこには、金色に光る硬貨が入っていたのだ。
これは受け取れないと言おうとしたミラに、ギルバートはにこやかに微笑む。それは美しいものだが、ミラは何か違う意図を感じ、固まる。
「あなたが選んだこのブレスレットがあれば、彼も早く良くなることでしょう」
「…………えっと、ジミーさんは腕が良いので!」
「そうですか? このブレスレットからも清らかな願いの力を感じるが……。あぁ、その金額にふさわしい質だと俺は思うので、金貨はそのまま受け取ってください」
ギルバート固まって青ざめるミラではなく、店主のエルザに声をかける。
「いつもここで店を出しているのか?」
「えぇ、いつもここに。この子も一緒ですよ」
「エルザさん!!」
余計なことを言うエルザに抗議するミラだが、エルザとしては可愛いミラのために良縁を掴んでほしいという思いやりである。威圧感のないギルバートにどうやらエルザも好感を持ったようだ。
「まだ街にはおりますので。また、ここに必ず来ます。ミラ、君に会うために」
ギルバートの言葉にエルザはミラの肩を抱き、ぶんぶんと振り回す。これは確実に恋である。エルザはもちろん、日頃ギルバートの側にいるアレックスもそう思い込んでいた。
にっこりと微笑むギルバートの瞳は、絶対に逃さないと言っているかのようだ。
青ざめたミラは付与の力がバレたことを確信し、眩暈がするのであった。
明日も20時に更新です。
お楽しみ頂けたら嬉しいです。