第2話 ミラとジル
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田舎の街リブルは今日も穏やかである。
それなりに活気があり、それなりに人もいる。特に秀でたところはない田舎の街ではあるが、人が穏やかで居心地が良い。そこがこの街の長所だろう。
19歳となったミラもそう思いつつ、妹のジルとこの街で過ごしている。
父と母は他界し、数年が経つ。寂しさはあるが、それ以上に家族で過ごせた日々がミラの中に残っている。その鮮やかな思い出は今のミラを支えてくれていた。
「これもいいねぇ、妹さんは本当に器用なんだね」
「ありがとうございます! ジルもきっと喜びます!」
女店主エルザの言葉にミラは表情を明るくする。
この露店に置かせてもらっている品は妹ジル手製の物だ。手編みのブレスレットにネックレス、冬が近いこの時期だと帽子やマフラーも編んでいる。
「体が弱くって家で臥せってるとは気の毒なことだよ。こんな才能があるって言うのにさぁ。妹さんの体調はどうだい?」
「ありがとうございます。おかげさまで時々は体を起こして、ブレスレットを編んでくれるんです。エルザさんがお店に品物を置かせてくれるから、ジルも喜んでいるんです。それにあたしまで雇って頂いて……本当に感謝しかありません」
ミラの言葉にエルザは大きく手を振って否定する。ミラの妹ジルが作る品は本当に質が高い。同じものを王都で買えばもっと高い値が付くだろう。そんな質の高い物を卸してくれるのだ。エルザとしても決して同情からジルの品を置いているわけではない。
また腰を痛めたエルザには長時間の立ち仕事は負担が大きい。こうして、ミラを手伝いとして雇うことで彼女自身も助かっている部分があるのだ。
「エルザ、品物を見てもいいかい?」
「あぁ、久しぶりだね。ゆっくり見ていくといいよ」
品物を見ながら、女性客はふと思い出したようにエルザに言う。
「聞いておくれよ。この辺りで猫が子を産んだそうなんだけどね、それがそっくりでまるで双子みたいなんだよ。それもオスとメス、嫌な話だろ?」
不快そうに顔をしかめる客に困ったようにエルザは笑う。接客業を長く続けるエルザは客の話を否定することなどしない。だが、その会話はあまり大きな声では出来ないものだ。
「あんまり大きな声で言うもんじゃないよ。当代のお妃さまは双子の女の子を授かったって話じゃないか」
「そうだけどさ、男と女の双子は不吉だっていうのは昔からの言い伝えだよ」
双子が生まれた王妃のこともあり、そんな伝承を払拭しようと国は乗り出している。だが、古くから伝わる価値観を変えるのは一朝一夕にはいかないものだ。
そんな話題を変えようとミラは女性客に話しかける。
「今日はどんな品を探しに来たんですか?」
「あぁ、そうそう。今日はさぁ…」
会話を楽しみたいのもあるのか、ミラが話を振ると会話もコロッと変わる。こうやって客と会話をしながら、販売するのはミラたちだけではない。市場のあちこちでよく目にする光景だ。それが市場の活気にも繋がるのだろう。
様々な会話が入ってくるのも街の市場に立つ良さだとミラは思う。
品物にも満足した女性客は笑顔で店を後にする。今回はジルが作った品ではなく、エルザが他で買い付けた品が売れていった。
ミラはそっとジルが作ったブレスレットを手に取る。幾つもの糸を使って丁寧に編んだブレスレットは配色も異なり、それぞれに個性がある。愛らしいブレスレットは若い女性を中心に買い求める人が最近増えているのだ。
だが、そんなブレスレットにも、いやジルが作った全ての品々には秘密がある。
姉のミラがちょっぴりと、そうほんの少しだけ付与をかけているのだ。
*****
帰宅したミラを待っていたのは食欲をそそる香りだ。
小さな飲食店が立ち並ぶ通りを我慢しながら帰って来たミラにはもう限界である。茹でたじゃがいもにそっと手を伸ばすと、大きな声がする。
「ミラ、まだ食べちゃダメだよ」
「だって、おなかが空いてるんだもの! ジル、お願い! 見逃して!」
そう言ったミラはひょいとじゃがいもを掴んで口に入れる。熱さにはふはふ言いながらも、もぐもぐと口を動かすミラの様子にジルはくすりと笑う。
疲れているだろうミラを思えば、行儀の悪さを指摘も出来ないのだ。
小さなテーブルにジルは食事を用意している。ミラは母から譲って貰った薄手のコートを脱ぎながらジルに今日、店であった話をし始める。
これが2人のいつもの日常だ。
田舎の街リブルの中心部から離れた場所に2人の家はある。かつて父や母と暮らした小さな家屋に今も2人で住んでいる。当然、人も尋ねてはこない。
「ミラ、付与のし過ぎは禁物だよ。どこで誰が気付くかわからないんだから」
「でも、せっかく買ってくれた人に何かお礼をしたいって思うんだよね。それに魔力って使わないとコントロールが出来なくなるし」
ミラの言葉通り、魔力は時折使うことで暴走を防ぐことが出来るのだ。
体の弱いジルにも無論、ミラは様々な付与をつけた衣類を身に付けさせている。その念の入れようはジルに注意されるほどだ。
だがそのたびに、ミラは力説する。
「大切な家族をもう失いたくはないのだ」と。
そう言われてしまえば、それ以上ジルとしても何も言えない。
その思いはジルもまた同じであったからだ。
ミラがこうして付与の力を使えるようになったのは、ジルにも関係がある。数年前にジルが高熱を出し、意識を失ったのだ。
既に父も母も他界し、ミラとジルの2人きりの生活の中にあったミラは必死で願った。その強い思いが魔力を顕現させたのだ。
ミラの力は付与に特化していった。付与が出来る者は魔力持ちの中ではめずらしくはない。だが、全属性を持つ者は歴代の魔力持ちの中でも名を残すものばかりだ。
またミラの魔力は結果的に体内に閉じ込めていた歳月が長かったせいか、または本来の能力なのか、膨大であった。
だが、その事実が公になれば再び不自由な生活に戻り、ジルとこうして穏やかに暮らすことも出来なくなるだろう。
そのため、今もミラとジルは両親が残した小さな家で、人目を避けつつ生活をしていた。
「私のことだけではなくミラの性格も影響していると思うんだけどな」
「あたしの性格?」
「おせっかいで人がいい」
「そうかなぁ」
「そうでなきゃ、付与なんてかけないでしょ」
ジルが作った物にかけるのは小さな付与ばかりだ。
マフラーや帽子であれば「冷たい風から体を守ってくれますように」、ブレスレットやネックレスであれば「今日を平穏無事に過ごせますように」といった程度。そんな付与は恒久的なものではなく、使用と共に薄れていく。
それに先程も言った通り、魔力を適度に使わないと暴発に繋がるのだ。そのため、ミラは小さな付与をジルが作った品にかけている。
だが、ジルの言った通り、ミラ自身の性格に寄るところも多い。
「せっかくいろんな商品の中から、ジルの作った物を買ってくれるんだよ? そんな人に何かいいことがあったらなって思うのは自然な事でしょ」
ミラとしてはジルが家に残り、時間をかけ丁寧に作り上げたその品々を買い上げていく全ての人に感謝をしている。小さな付与はそんな感謝の気持ちからでもあるのだ。
「なんならあたし、皆にジルがどれだけ頑張って工夫して作ってるのかを話したいのをぐっと我慢しているんだから!」
「……そう、今後も我慢して」
その言葉にジルは顔を赤くする。長い前髪で隠れた隙間から見えるミラと同じ焦げ茶の瞳が、照れくさそうに視線を逸らした。こういうところを含めてジルはミラのことを、おせっかいで人がいいと思っているのだ。
「ほら、料理だってじゃがいもを茹でただけじゃなく、ソースも工夫して作ってるでしょう? そういう細やかさってあたしにはないし!」
「さっき、そんなソースを無視してじゃがいも摘まんでたけどね」
「あ、あれはほら空腹って最大の調味料っていうでしょう?」
「はいはい。さぁ、頑張って働いてきたんだからもっと食べて」
ミラとジルは今日も支え合いながら、穏やかな生活をそれなりに楽しんでいる。家族と共に平穏に過ごせることが幸福だと、過去の経験から知っていたからだ。
ミラはその能力を隠しながら、日々を過ごしていくはずだった。
そう、その能力に気付く者が現れるまでは。
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