第17話 ミラの決断
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リブルの街にも静かに流行り病は広がりつつある。
病への対処法や正確な情報が見つからない状況下で、皆が流行り病に敏感になっていくのも当然のことであった。
王都から来た者、そして戻ってきた者に対し、宿や家に入れないなど、行き過ぎた対応も目立つようになってきた。
そんな中、一つの噂が広がる。
王都で流行しているブレスレットが病をよける――そんな噂だ。
たしかに今、王都では様々な魔除けなどが注目を集めている。教会もまた自らが発行する魔除けの護符を盛んに宣伝しているのだ。
人々の関心がそちらへと向くのも無理はない。
しかし、行き過ぎた人々の感情が混乱にも繋がっているのだ。
「まったく、困ったものだね……」
腰に手を当て、ため息を溢すエルザ。そんな彼女の後ろでミラが眉を下げる。
今日は多くの者がブレスレットを求めに来た。
皆が慌て、焦るようにブレスレットを買っていく。他人の手の中にあるものを奪う者まで現れて、店は大混乱であった。
「す、すみません……」
「なにを謝ることがあるんだい? 売り上げはあるし、ミラの妹さんが拵えた品に問題があるわけじゃない。問題は人の心に巣食う見えない不安だよ」
エルザの言葉にミラは返す言葉がない。
彼女の言う通り、リブルの街の雰囲気は一変してしまった。
あの賑やかでありつつ、穏やかな空気は今では見られない。皆が何かに怯え、人を拒む。そんな緊迫感を街全体が包んでいるかのようだ。
「ブレスレットは当分、置かない方がいいかもねぇ」
「そうですよね、迷惑がかかりますし……」
販売の度にこのような混乱が起きるのであれば、当然エルザにも迷惑がかかるだろう。散らかった机を見て、そう思うミラだが、エルザは首を振る。
「そうじゃあないよ。あんたが店にいない時間にね、あのブレスレットの入手先をしつこく尋ねてくる客がいたんだよ。金ならいくらでも出すからって言って聞かなくってね……」
「え! そんなことが……」
ミラの表情が強張ったことに気付いたのだろう。
エルザはミラを見るとウィンクをして微笑む。
「なぁに、このエルザさんが可愛いミラの情報を漏らすもんか。でもね、気をつけるに越したこたぁないよ。あんたも妹さんも危険かもしれないからね。なんなら、数日間、休んだっていいんだ。変な奴に狙われかねないよ」
「エルザさん……ありがとうございます」
ブレスレットの評判が広がったせいか、不審な人物まで現れたようだ。
けれど、そんな人物からエルザは姉妹を守り、数日休んでもいいとまで言ってくれている。優しさがじんわりと心に沁み、感謝を口にするだけでミラは精一杯だ。
「さ、ちょっと休憩に行こうかね。店番を頼んだよ。ねぇ、あんたたちもなにかあったらうちの子を守っておくれよ!」
ミラの気持ちに気付いたのだろう。照れくさそうにエルザは笑うと、周囲の店にミラのことを頼んで店を後にする。
エルザの心遣いに感謝するミラだが、ふとブレスレットを手にした人々にも思いを馳せる。
先日尋ねた孤児院の子ども達は、外出の際にはブレスレットを漬けないようにし始めていた。ブレスレットをつけていることが却って危険になってしまう。
それも流行り病ではなく人の手によってだ。
皆につけてほしいと量産品への付与をミラはかけ始めている。
その矢先の出来事なのだ。歯がゆさにミラは唇を噛む。
「――ミラちゃん」
「あ! マーサさん。いらっしゃいませ! 今、エルザさんはいなくって……え、あの……マーサさん?」
突然、マーサにそっと手を握られ、ミラは戸惑う。両手でミラの手に触れるマーサ、その瞳には涙が潤んでいた。
「ありがとう、ミラちゃん」
そう告げたマーサはただじっとミラを見つめ、手を握るだけだ。
けれど、その眼差し、手の温もりから、彼女が何を言いたいかが伝わってくる。
王都で流行中の幸運のブレスレット、それを先日、ミラはマーサに渡した。
彼女の娘ベスの体の弱さを知っているためだ。
そのことへの感謝を告げているのだろう――そうミラは悟る。
当然、付与の力にまでは気付いてはいないだろう。しかし、王都で流行している幸運のお守りであるブレスレットを、自分の子どもへと薦めたミラの思いにマーサは感謝しているのだ。
ミラも黙って微笑み、頷く。マーサは微笑むと店の前を後にする。
遠ざかっていくマーサの背中をミラは見つめる。
「本当にこれでいいのかな」
本来は多くの人のために使えるはずの力、しかし今は、そのブレスレットが人々に混乱をもたらしているのではないのか。
なんとも、もどかしいこの状況にミラはどうするべきかと悩むのだった。
ミラを案じ、エルザの店へと向かったギルバートはこちらを見つめる少女の瞳に、足を止めた。
自分に向けられるミラの瞳、それは言葉にせずとも彼女の不安や戸惑いが伝わってくるものである。そんなミラの両肩をエルザが掴み、ギルバートの方へと押し出す。
どうやら、二人で話す時間をくれるつもりらしい。少々誤解されたままの二人の関係だが、今回は都合がいいだろう。
「……リードさん、あたし……」
口を開いたミラの暗い表情、だがギルバートは白い歯を見せる。
「まずは食事をしてからだな。君も疲れているだろう」
こくりと頷いたミラはギルバートと共に、いつもの屋台の場所へと向かうのだった。
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いつもと変わらぬ屋台の肉の味、ギルバートがジルの分も多めに土産に包んでくれるのも同じである。
周囲の喧騒から少し離れたいつもの場所に座りながら、ミラはぽつりぽつりと思いを口にし始める。
「……あたしはただ、助けたかった。今まで自分がして貰ってきたみたいに……それだけなのに」
そう言うミラの表情は寂しさと悲しみ、不安を感じさせるものだ。
いつもころころと変わる無邪気なミラと異なってしまっている。ギルバートは眉をしかめる。
「知っている。だが、君一人でどうにかできることではないんだ。自分を責める必要はない」
「じゃあ、どうしたらいいの? 偉い人達はあたしたち庶民を助けてはくれない! ……あの人達は自分の役に立たない者には冷たいもの」
これは過去のミラの経験に基づいた言葉だ。
力があると知れば、幼いミラを自分達の管理下に置き、力がないと知れば、簡単に投げ出す。ミラは身を持ってそれを体験しているのだ。
「君の叔父や婚約者のようにか?」
「…………きっとそういう人もいるでしょう?」
今、目の前にいるギルバートもまた貴族である。
だが、彼がミラの叔父や婚約者のような人となりかと問われば、ミラもそれを否定するであろう。
全属性を持つミラ、彼女の有用性を考えれば、強引にでも自分達の管理下に置く判断をすべきなのだ。だが、ギルバートはそれを良しとしなかった。
ミラとジルが自分で判断し、決意することをギルバートは今まで待っていてくれた。それが彼の善意であることは疑いようがない。
「今、君は見返りもなく人を助けようとしている」
「それのなにが悪いの? だって、皆困ってる。このままじゃ、大事な人がしんでしまうんだもの」
ギルバートの言葉にミラはかっとする。
自分の判断が子どもの未熟なものだということはミラもどこかで自覚している。
だが、人々が必死になる思いもミラにはわかるのだ。
穏やかな日々や、愛する家族や友人、そして自分自身の未来が危険にさらされれば、皆誰も不安になり、必死になる。
全属性の能力が開花したあの日も、消えていきそうなジルの命に必死になって縋ったミラがいるのだ。
「では、君のことは誰が守る?」
「え……あたし……?」
「あぁ、そうだ。君の妹は? 誰が守るんだ」
「そ、それは……」
平民であるミラとジル、彼女達を守るためには権力が必要となる。
彼女が貴族を嫌悪しようとも、ミラとジル、姉妹を守るためには彼らの庇護下に入る必要があるのだ。
「言っただろう? 君、一人で背負うことはないと。領主であるハワード侯爵、その縁者の元に世話になることを決めてほしい。そうすれば、俺ももう少し手を貸せるんだ」
ギルバートの言葉にもその眼差しにも偽りが含まれているようには感じられない――ミラは静かに頷く。
すると、ギルバートは白い歯を見せる。
心から安心したようなその笑顔に、ミラもぎこちなく微笑む。
「貴族を信じろとは言わない。俺も全ての貴族を信じてなんかいないからな」
「……そうなんですか?」
「当たり前だろう。あいつら、どうしようもないぞ」
ギルバートの言葉に、今度はくすくすと声を上げてミラが笑う。
そんなミラを見つめながらギルバートが言葉を続ける。
「だが、まぁ、なんだその……昼食仲間である俺のことくらいは信じてくれ」
「そうですね。リード様は昼食仲間ですし、ごはんを奢ってくれるからいい人です!」
「……いや、食事くらいで簡単に信じるなよ? 本当に危なっかしい……」
軽口を叩いたギルバートだが、ミラの素直さに慌てて念を押す。
きょとんとしたミラは再び、笑顔を見せるのだった。
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