第15話 ギルバートとジル
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雨は止んだが、まだ地面の濡れた道をミラとギルバートは歩く。
家まで送ると言うギルバートの言葉に渋々頷いたミラの腕の中では、二匹の子猫がみゃうみゃうと鳴く。
二匹を飼うと言い出したミラに、双子の子猫ならば家まで守る必要があるだろうとギルバートが言ったのだ。
男女の双子の子猫を嫌う者も多いため、仕方なくミラもギルバートの言葉を受け入れた形だ。
「双子が不吉など、迷信に過ぎない。王妃様の元にご誕生されたのも双子の姫君達だからな。そのような迷信は国をあげて払拭していくだろう。前にもそう言ったはずだ」
これが他の者の言葉であれば、ミラもすぐに否定したであろう。
しかし、ギルバート自身が魔力を持たず生まれ、剣の腕で自分の道を切り拓いて、今の地位に立つのだ。そんな彼の言葉には説得力がある。
王妃の元に生まれたのが双子であったことは国中に大きな衝撃を与えた。
同時にミラには小さな希望にも思えたのだ。
「迷信を信じる人もいる。生きづらさはそんなにすぐには変わらないんじゃないでしょうか……」
「……そうだな。人々の心に残る意識をすべて覆すには時間がかかることだろう」
ギルバートはミラの言葉を否定しない。
実際、王女達を歓迎しない風潮も一部にはあるのが事実なのだ。
価値観を変える――それは一朝一夕に出来ることではない。
「でも、君はその二匹を自分の元に迎え入れるんだろう? そういう人間もいる」
「……いつか、皆が受け入れてくれる――そんな日が来るんでしょうか」
よく似た子猫はみゃうみゃうとミラの腕の中で鳴き声を上げた。
どちらもまっしろで青い目なのだが、眠そうにウトウトする一匹に、ミラの腕の中から飛び出しそうに元気な一匹とその行動はまったく異なる。
メスとオス、よく似た二匹は違う個性を持った存在なのだと、その小さな命が教えてくれるようでミラは愛おしさが込み上げてくる。
「君の妹は家にいる時間が長いのだろう。二匹の子猫が良い遊び相手や話し相手になるはずだ」
「はい。ジルは優しいので、この子達とすぐ仲良くなると思うんです」
「……ところで、勝手に飼うことを決めて、叱られないのか?」
ギルバートの問いかけに、ミラはハッとする。
確かに勝手に決めてしまっているが、日中子猫達を世話するのはジルである。
彼の言う通り、ジルの許可を取るべきであろう。
「……えっと、確実に叱られるとは思うんです。思うんですけど、でもジルはこの子達を受け入れてくれるとも思うんです!」
妹であるジルが双子の子猫を受け入れると信じるミラ。そこには二人の信頼関係が伺える。
「そうか。では、送るついでに君が叱られる様子も見られるんだな」
そう言って笑うギルバートに、ミラは慌てた様子でぶんぶんと首を振る。
「いえ! 家の前まで送ってくださるだけで十分なので! ジルは、ジルはその恥ずかしがり屋ですし、あたしと違って控えめなので! ですから、家の前までで十分です!」
「いや、今後のこともある。きちんと顔を合わせて話す必要があるだろう?」
「いえいえ! 騎士様にそこまでお気遣い頂かなくとも、あたしとミラでしっかり話し合いますから!」
そう、今後ミラとジルの身元を引き受ける話が持ち上がっているのだ。実際に会って話をする必要がある。
ミラとは何度も顔を合わせ、話をしているがジルには一度も会ったことがない。ミラの能力を考えれば、今後の生活は変化せざるを得ないのだ。
彼女の唯一の家族であるジルの考えや思いもギルバートは耳を傾けるつもりであった。
だが、誠実といえるその言葉にミラは難色を示す。
「もう、本当に困ります! なんで、そんなちゃんと対応してくれるんですか? あ、この辺でいいんです……」
「女性を一人で帰すのは騎士の誇りに反する」
きちんと対応していることに不満まで言われ、困惑するギルバートだが、ミラの必死な様子はどこか微笑ましく口元を緩めてしまう。
小さく鳴き声を上げる子猫を抱きしめ、眉を下げたミラの少し後ろをギルバートは彼女の家まで向かうのだった。
「――ジル、あのね。話があるんだけどね……」
家の外で聞こえたミラの声に、ジルは慌ててドアを開ける。
いつもより早い帰宅のうえ、中に入ってこないミラを心配してのことであったが、目の前に飛び込んできた光景にすぐにそれを後悔することとなる。
「……あ、あなたは……?」
二匹のよく似た子猫を抱いたミラの後ろに立つのは、立派な衣装に身を包んだ騎士であろう男性――ミラが話をしていたギルバート・リードであろうとすぐにジルは察した。
だが、ジルは突然のことに驚き、体が強張り、上手く言葉を続けることができない。
ミラ以外の者と出会い、話すことなどなかったジルが、突然他者と向かい合うこととなったのだ。当然のことである。
一方、ミラもまたジルを前に、ギルバートがどのような対応をとるのかと緊張の面持ちで彼を見た。
「――ギルバート、ギルバート・リードだ。今日はミラを送りに来ただけだが、君にもミラにも今後のことを話しておきたいと思っている。事情は姉のミラからゆっくりと聞いてほしい。では」
そう言ったギルバートは子猫をひと撫でするとミラとジルに背中を向け、去っていく。去っていく広い背中を見ていたジルはハッとして、自分の髪に触れる。
いつも被っているフードを今は焦っていたため、外していたのだ。
どっどっとジルの鼓動が跳ねるように鳴る。冷たい汗が背中を流れていくが、ジルは小さな声で呟いた。
「あの人が、ミラが言ってた人なんだね」
「ご、ごめんね! ジルに出てきちゃダメって言おうとしたんだけど……!」
「ううん、いい。結果的にはこれでいいんだと思う」
少し冷静さを取り戻したジルは去っていくギルバートの背中をいつまでも見つめる。
たった一人の家族、ミラが信頼を寄せつつあるギルバート。彼がミラの信頼に値する人物なのか、ジルの中でギルバートへの関心が高まるのであった。
*****
王都では流行り病は確実に広がっている。
しかし、一方で想像していたほどの重傷者や死者には繋がっていない。
教会などはこれは自分達が神へと祈った結果だと盛んに喧伝しており、それを信じる者は教会が売る護符や教会への寄付をしている。
他にも民に人気の運気を上げるネックレスやアミュレットなど様々なものが街に溢れていた。
「で、どれが一番効果があると思う?」
昼下がりのメイド達の会話もそんな幸運のお守りの話題で持ちきりだ。
王都に暮らす彼女達は噂も流行も好むが、今回ばかりは重要で情報収集に皆、余念がないのだ。
一度病にかかれば、仕事はおろか、命を失いかねない。どのお守りが一番効果があるのかと気が気でない。
「やっぱりなんだかんだ言っても教会が一番じゃない? 神様の御許に誓うのよ?」
「でも、あのお値段はあたし達には無縁のものよ!」
教会の護符はそれなりの金額がする。寄付や祈りを捧げて貰うにはそれ以上に値段がかかる。貴族の元で働くとはいえ、そこまでの金銭的余裕は彼女達にはないのだ。
「じゃあ、あれは? ブレスレットよ!」
「騎士様がつけてらして、一躍人気になったあれよね! でも、お値段こそ手頃とはいえ、なかなか入手不可能でしょう?」
「えぇ、偽物も多いみたいね」
「あら? 確かジェシーがつけていたわよ? ね、ジェシー! こっちに来て!」
そんな賑やかな会話に、嬉しそうにもう一人のメイドが加わる。
彼女に呼ばれ、ジェシーというメイドもこちらへと向かってきた。
「わ! 本当だわ。騎士様がつけていたのとおんなじ!」
「お守りとしての効果はさておき、つけるならこれがいいわよね。素敵だもの!」
「そうそう、編み方も特殊で可愛いのよね!」
「ほらほら、あなたたち! 仕事に戻りなさい!」
年嵩のメイドが現れ、彼女達を嗜めたのだ。
お目当てのブレスレットの登場に、騒がしくなったメイド達を叱る言葉がかけられると、それまでの喧騒はなんだったかというようにさっと皆が持ち場へと戻っていく。
「ジェシー、私と一緒に仕事に戻りましょう」
「は、はい! 今すぐ」
そう言われ、部屋を出て、廊下を歩くジェシーと年嵩のメイドは向こうから歩いてくる人物の姿に気付くと、壁際に寄り、頭を下げる。
この屋敷の嫡男であるジェイク・マッキンリーである。
いや、嫡男という言い方ももう数日で終わる。父であるゴードンが数か月前に他界し、彼がこの屋敷の主となったのだ。
しかし、支配的だった父を亡くしてからのジェイクの不安定さに、すでに彼を不安視する声も聞こえている。過度に干渉され、父ゴードンに逆らえずに生きてきたジェイクは父という指針を失い、情緒や言動が乱れが生じている。
そのため、父のゴードン亡きあと、皆がジェイクのことを腫れ物に触れるような扱いをしていた。
そんなジェイクが去っていく。彼が何事もなく去っていったことに二人のメイドはひそかに胸を撫で下ろす。
だが、そんなジェイクの足が止まり、ゆっくりと振り返る。
頭を下げ続けながら、彼の言葉を待つ二人の胸は早鐘のように鳴り響くのだった。
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