第14話 雨の日の出来事
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「リード様! お久しぶりです」
「あぁ、元気そうでなによりだ。……この子を借りても?」
「えぇ! もちろんですとも! 今日は少し休憩が遅くなったんで、このまま上がっても問題ないですよ」
久しぶりにエルザの店に来たギルバートに食事に誘われ、ミラは嬉しそうに笑う。その笑顔になにを勘違いしたのか、エルザは二人っきりの時間を増やそうと気遣ってくれたらしい。
確かに今日はギルバートからミラに話しておきたいことがあるのだが、エルザの考えているものとは程遠い。
にまにまと見送るエルザに大きな誤解をされたままのギルバートは困った表情を浮かべるだけであった。
流行り病は静かにこのリブルの街にも広がりつつある。そのせいか、街を行きかう人々も以前より少なくギルバートには見える。
「また屋台をご紹介しますか?」
「そうだな、君がいいと思う店を紹介してくれ」
「はい! そうだなー……お肉だとあのお店が良いし、あ、でも最近、パンにお肉や野菜を挟むのもあるんですよ!」
「そうか。では、そこに行くとしよう」
「はい! こっちです」
どこか店を予約してもいいのだが、屋台で食べる方がミラの気も楽であろう。なにより、街を知ることができるこの時間をギルバートもどこか懐かしく思っている。
子どもの頃、兄と街で冒険をした頃のような感覚に戻るのだ。
自然体のミラの笑顔がそう感じさせるのかもしれない。貴族を嫌うミラであるが、その貴族で騎士であるギルバートにも屈託のない笑顔を見せる。
だが、今日はそんな彼女に告げねばならないことがある。
跳ねるように前を行くミラの背中を見たギルバートは、ため息を飲み込んだ。
「これは旨いな」
「そうでしょう! 美味しいんじゃないかって思ってたんです!」
目的の屋台でパンを頬張るミラはなぜか得意げだ。
パンに肉や野菜を挟んだものだが、ソースがかかっていることで食べやすい。隣に座るミラは口元にソースをつけたまま、にこりと笑う。
「よかった! なんだか今日はリード様、いつもと違うから」
「……そうか?」
「なにか、あったんですか?」
なにかあったかと言われれば、あったのだ――ハワード侯爵家の当主アルフレッドと面会をし、正式に侯爵家の血縁にジルとミラを引き取る話が進んでいる。
当人達に打ち明ける前に話が動く、それはおかしなことでもあるのだが、ミラの能力の重要性やハワード侯爵家の地位を考えれば当然のことだ。
しかし、それを直接ミラに打ち明け、ジルにも納得してもらわねばならぬ立場のギルバートとしてはなんとも気持ちの重いことであった。
「あぁ、君達に話があるんだ。だが、まずは食べてからだな」
そう言ってギルバートは食事を続ける。不思議に思うミラだが、どこか落ち込んでも見えるギルバートにそれ以上追及することもできず、パンを口に運ぶ。
先程まで美味しく感じられたパンだが、普段と異なるギルバートの様子になぜか楽しめないミラであった。
「……ミラ、実はな」
「あの……!」
「なんだ?」
「いえ、リード様からお話しください」
食事を終えた二人は石橋を歩く。話のきっかけを掴もうとするギルバート、彼の様子がいつもと違うことが気がかりなミラの会話は上手く続かない。
薄暗くなってきた空は今日の二人の心を表すようだ。
「ミラ、今日来たのは君達の今後について話しておきたいことがあるからだ」
「君達……あたしとジルのことですか?」
今後のジルと自分、突然大きな話題になったミラの表情は曇る。きゅっと口元を引き締め、ギルバートを見つめるミラ。彼は信頼できる人間であると感じている。だが、その一方で彼もまた貴族なのだと警戒する自分がいた。
そんな思いはミラの眼差しから、ギルバートへと伝わったのだろう。
少し悲し気に微笑んだギルバートは言葉を続ける。
「あぁ、そうだ。今後、君の能力が誰かに知られた際に、二人に危険が及ぶだろう。その前に、君達二人を貴族の養子としたいと考えているんだ」
「あたしとミラが、貴族に……」
強張ったミラの表情に気付くギルバートだが、二人の今後を守るには貴族の保護下に置くことが一番安全だと言える。
ハワード侯爵家はこのリブルの街の領主であり、ギルバートもよく知る人物である。そんな彼の血縁に当たる者にミラとジルを養子とさせる予定なのだ。
「この土地を納めるハワード侯爵家の縁者の家だ。ここの領主様の紹介であれば、不安が少ないだろう。もちろん、私も最後まで君達の話を聞く。できれば、君達姉妹が納得する形を考えたいんだ」
こちらを見てそう話すギルバートは真摯な気持ちを持っているのだろう――そうミラは思う。叔父達や婚約者の父などはミラの意志など確かめることはなかった。
貴族というのはそういうものだとミラは思っていたのだ。
しかし、こちらを気遣うような視線を送るギルバートもまた貴族である。
屋台で買った同じ食事を頬張る彼は自分の知る貴族とは異なるとミラも信じたい。
けれど、ミラの中にある貴族への不信感、そしてなによりミラ達には複雑な事情がある。そのため、二人は街の外れに暮らしているのだ。
「あたし、あたしは……」
ぽつりぽつりと雨が降り出し、地面に跡を残す。それが徐々に大きくなってきて、地面が濡れていく。空を見上げたギルバートはミラを見て言った。
「当分、止みそうにないな。答えはまだいい。今はそのことを頭の片隅入れておいてくれるだけでいい。」
ギルバートの言葉にミラは少し安堵したのか、強張った表情も和らぐ。こくりと頷いたミラにギルバートも頷くと、近くの屋根のある店を指差した。
急な雨から身を守るため、雨宿りをするつもりなのだろう。
ギルバートの後に続くようにミラも走り出した。
店の屋根の下で雨から体を守りながら、ミラとギルバートは空を見上げる。降り出した雨は止むことはなく、どんどん激しいものへと変わっていく。
「寒くはないか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そうか。店主はもう帰っていいと言っていたな。君の家は近いのか?」
ギルバートの言葉にミラの肩がびくりと揺れる。
「え、そうですね。街の外れなので……」
「では、雨が止んだら送っていこう。私からも一度君の妹に会っておくべきだろう」
「べ、別にいいです! 子どもじゃないので、一人で帰れます!」
急にギルバートの方に振り向いたミラは、そう言うと背中を向けてしまう。
なにか、気に障ることでも口にしたかと思うギルバートだが、思い当たることは特にない。年頃の少女というのはよくわからないものなのだと、ギルバートが自分自身を納得させたとき、ミラが突然声を上げる。
「あ! 今、聞こえましたか?」
「ん、なんのことだ?」
「もう! 小さな声で鳴いてるじゃないですか!」
そわそわと辺りを見回すミラの姿に、ギルバートも耳を澄ませるが、雨の音が響くばかりだ。
しかし、ミラは急に雨が降る中へと走り出していく。濡れているだろう草木をかき分け、ミラは必死で何かを探す。
冷たい雨に打たれる少女を放ってはおけず、ギルバートもミラの元へと駆け寄った。
「どうした? なにがあったんだ!」
「だって、声が……! 声がしたんです!」
「声って……。っ! 確かに聞こえる。小さな声だが……」
ギルバートの耳にもかすかに届くのはみゃうみゃうという鳴き声、それは子猫のものだろう。
ミラは必死で枯れた草木をかき分け、子猫の居場所を探す。
雨に打たれ、泥が跳ね、衣服が汚れるのもかまわずに、ミラは子猫を探そうと必死だ。その姿に驚くギルバートはミラに声をかけることも出来ず、ただ見守る。
大柄なギルバートが不用意にあるけば、子猫に当たってしまうという理由もあった。
「あ、いた! いました、リード様!」
そう言ってこちらを見て微笑むミラの腕の中には雨に濡れた子猫が二匹いる。
雨に濡れ、泥が顔にまで跳ねた少女の笑顔はどこまでも清らかだ。
子猫が寒くないようにとミラは自分の体を折り曲げ、雨をしのごうとする。そんなミラの頭上の雨がぴたりと止んだ。
顔を上げると上着を脱いだギルバートが微笑む。上着を彼がミラ達の上にかけてくれたことに、ミラも微笑む。
ミラの腕の中の子猫の一匹がみゃうと鳴いた。
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