第13話 ジルの思い
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「付与をかけたブレスレットは王都で流行し始めております。価格を抑えたことや先に戻った者達につけさせたのも大きいのでしょう。特に少女達の制作したブレスレットが人気なようですね」
「そうか……。わざわざ、報告に来させてしまってすまないな」
久しぶりに顔を見せたアレックスだが、少々不服そうな顔でギルバートを見る。
「初めから私にもその少女の能力を教えてくだされば良いものを……」
「まだ確信がなかったものでな」
ギルバートがミラの能力に気付きつつ、自分に教えなかったことを不満に思うアレックスだが、まずは彼女の能力とその効果を確かめる必要があったのだ。
アレックスの報告にギルバートは少し考え込む。
民を中心に流行り病は広がっていく。その広がりや重症化を少しでも防ぐのが目的で始めた付与のブレスレットの販売は問題なく進んでいる。
だが、今のままでは王都の感染の拡大を防ぐことにしか繋がっていない。
国中の者達が集まる王都での広がりを抑えることは重要ではあるのだが、より多くの民を救うためには異なるアプローチが必要となるだろう。
「その少女を王都へと連れていく気はないのですか?」
「王都に連れていき、どうなる? 貴族達が群がり、付与をかけるように要求し出すだろう。流行り病が広がらぬように、民の命を守るようにと動いてはくれぬだろう」
「……そうですね。やはり、領主であるハワード様にご対処頂くのが最善かと思われます。保護することは姉妹にとっても悪い話ではないでしょう」
リブルの街を含めた一帯を治める領主ハワード侯爵にはすでに報告はしている。
肥沃な領地を持つハワード侯爵であれば、ミラとジルを保護することは十分可能であろうとギルバートは考えている。
ギルバートもミラの力が本物であることやその気性、彼女の周辺を調べ、その後、保護するつもりで動いてきたのだ。
「保護、といえば聞こえはいいが自由がなくなるな」
「ですが、そのようなことを言っている状況ではありません」
「あぁ、そのために、ハワード侯爵には話をつけている。なにかある前に、彼女達の身元を確実なものとするように、養子縁組も考えてくださるそうだ。ミラもジルも伯爵家の血を引いているから、その点は手間ではないだろう」
ミラとジルの父は伯爵家の生まれだと言う。
伯爵家から侯爵家への養子縁組であれば形式としても問題はない。
全属性の付与、ミラの力は稀有なものである。その優れた力を欲する者は多いことだろう。そんな者達から二人を守れるだけの権力や家格が必要となるのだ。
幸運にもこの地の領主ハワード侯爵とギルバート達は旧知の仲である。人格を考えてもハワード侯爵家を頼るのが最善であると彼らは考えていた。
「彼女の身元を確かなものにし、そのあとで付与の力を行使して貰うつもりだ。今は物に対し、付与をしているが、伝承には水や大地に付与の力を施した付与師もいると言われている。彼女の力ならば、それも可能かもしれないな……」
「確かにその方法であれば、幅広い地位に付与の力を与えることができますね。やはり、そのためにもハワード侯爵には彼女の後ろ盾になって頂く必要がある」
ミラの力を目の当たりにしたギルバートだが、彼女の力が全属性であることはまだ誰にも告げていない。ハワード侯爵には交渉時に告げるつもりでいるが、あまりに高い彼女の能力を周囲にすら知らせるべきではないと彼は考えていた。
侯爵家の者となったミラとジルには手出しできる者は限られてくる。まずはミラとジル、二人の安全を確かなものにするため、ギルバートは動き出そうとしている。
一方で、あの自由に笑う少女が、自らが嫌う貴族になることを拒むであろうことも容易に想像できる。
なにより、ギルバート自身もまたミラの笑顔が失われることになぜか心が痛むのだ。ミラの安全と自由な生活、矛盾する二つの思いにギルバートの眉間の皺はさらに深くなるのだった。
*****
「もう! ミラはお人よしなんだから」
「ごめん、ごめん! でも、マーサさんとこのベスちゃんも体が弱いでしょ? だから、心配で……」
ミラが多めの付与をブレスレットにかけた話を聞いたジルも、その言葉に困ったように眉を下げる。
その気持ちはジルとてわからないわけではない。同じように病弱なジルは、いつも歯がゆい思いや苦しみを感じてきたのだ。
だが、ジルが恐れているのはミラの能力が周囲の人々にバレてしまうことである。
「リード様に知られたのだって、私はよく思ってないんだからね! 貴族の人なんだから、ミラを強引に連れていくことだってできるでしょう」
「う……! でも、それならもうそうしてるでしょ?」
「そうだけど……なにか企んでたらどうするの! もう他の人には知られないように気をつけてね? 流行り病のこともあって、皆がピリピリしてるんでしょう?」
ジルの言葉に、ミラの表情も曇る。
ミラの好きなリブルの街は今、変わりつつある。街の人々の表情や流れる空気が以前とはまったく異なるのだ。
ジルの言う通り、警戒しておくに越したことはない。
「……そうだね。気をつける」
「ミラの優しいところ、私は好きだけど。でもね、自分のことも大事にしてほしいんだ。私にとって一番大事なのはミラだから。もう、あんな気持ちにはなりたくないんだ」
「それはあたしも同じ。これからもずっとジルと一緒にいたいもん」
「じゃあ、もっと用心してね! 正直、リード様よりミラのうっかりで皆にバレちゃうんじゃないかって思ってるんだからね」
ジルの言葉にミラは笑いだす。
うっかりしているのはその通りだが、誰も自分が全属性の付与を持つなどと言っても信じないとミラには思えるのだ。
そんな反応に不満なのかジルは唇を尖らせる。
「もう、本気で心配しているんだよ。ミラは自分を過小評価しすぎなんだから……」
「そうかなぁ?」
ミラが自分を過小評価してしまうのは、家族と離れた時間のせいであろうとジルは思う。すべてを決められた厳しい生活の中、最後には心の支えとなっていた婚約者さえも、魔力の顕現しない彼女を見放した。
家族の元に戻ったミラは、ジルの知る天真爛漫な表情を失ってしまった。
今のようによく笑うミラに戻ったのは一年後のことである。父母が亡くなるという悲しい出来事の後も、二人で支えながら懸命に生きてきた。
だが、付与の力がギルバートに知られたこと、なにより流行り病の広がりでリブルの街自体が変わりつつあるのだ。
今の穏やかな日々が変わらぬように、ジルは祈ることしか出来ない。
「なにがあっても、私はミラを守るからね」
「もう、何を言ってるのジルったら」
「本当に、本当だよ」
その晩、ジルはミラの声で目を覚ました。
夜中にまれに、ミラはうなされるのだ。繰り返される謝罪の言葉や元婚約者の名前。そのことに翌朝、目覚めた本人はいつも覚えていない。
きっと明日の朝に起きたミラは、今夜のことは記憶にないだろう。
「ごめんなさい……」
小さな呟きにジルはミラの手をぎゅっと握る。
すると、無意識だろうがミラもまたその手を握り返すのだ。
「今度は必ず、必ず私が守ってみせる……だってミラは私の……」
ミラが付与の力に目覚めたのは命のともしびが消えかけたジルを救おうとしてのことだ。そのとき目覚めた付与の力が、ジルを救い、今の二人の生活がある。
そのあと、付与の力を他人のために使いだしたミラを、危なっかしく思いながらもジルは止めることができなかった。
その優しさがミラだからだ。
手を握ったことでミラの寝息が落ちついていく。
微笑むジルの眼差しは穏やかにミラを見つめていた。