第11話 ミラの力とその心
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その日、ギルバートに誘われたミラは再び孤児院へと訪れていた。
先日、付与を施したブレスレットを子ども達に渡したのだが、その効果を確かめるためである。
エルザの店でもブレスレットや他のアクセサリー、帽子などに付与を施してきたミラではあるが、実際に効果を実感したのはジルの体調に関してだけである。
客である人々の商品にかけた付与は多岐に渡る。
寒い地域に旅立つ人には防寒の付与を、悩みを抱えた人には小さな幸運が訪れるような付与をと様々だ。
だが、こうして付与の影響を確かめたことなどミラはないのだ。
「……緊張しているようだが、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです……。もし効果が出てなかったら、どうしましょう」
「どうする必要もないだろう? 君の付与をかけたブレスレットを子ども達に贈った――ただそれだけだ。その効果に金銭を貰ったわけでもなんでもない」
「そ、そうなんですけど、でも、心配で仕方がないんです!」
差し入れの野菜や果物を持っているギルバートはミラの様子に笑みを溢す。なんの見返りも求めずに、付与を与えてきた少女はどうやらとことんお人よしらしい。
付与の効果があると言って大金で売りつけたなら、効果が出ねば問題であろう。
しかし、実際は子ども達にブレスレットをあげただけなのだ。
効果の有無に限らず、誰も傷付くことはない。
それにもかかわらず、ミラはそわそわと先程から落ち着かない様子だ。
「さぁ、扉を叩くぞ」
「は、はい! お願いします!」
扉の向こうからは子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
ギルバートはミラの付与が成功していることを確信しつつ、金具を握り、ドアを叩く。木の扉にノックの音が響き、パタパタという足音が聞こえる。
すぐにドアが開き、先日と同じように孤児院長が顔を覗かせた。
「リード様と先日のお連れ様……! どうぞお入りください」
「あぁ、失礼する。これは受け取ってくれ。それで、子ども達はどうだ?」
室内へと入るとギルバート、そのあとに不安そうな表情でミラも続く。
声がしたのを聞きつけた子ども達がひょこっと顔を覗かせる。どの子どもの表情も明るく健康そうなもので、ミラはほっと息をつく。
「ありがとうございます。ご厚意に感謝いたします。子ども達はあのように元気でそのものです。今までより、体調が良いような気さえしております」
「――だそうだぞ、ミラ」
「本当に本当でしょうか……」
自分自身の力に確信がないのか、ミラは不安げに子ども達を見回す。子ども達がミラの視線に、はにかんだ笑顔を向けるとやっと彼女の表情も柔らかくなる。
「あの、最近、体調はどう?」
ミラがおずおずと尋ねると子ども達からはいくつもの答えが返ってくる。
「すっごくいいよ! 前みたいに風邪もひかないんだ」
「あとね、なんだかいつもより元気なの!」
「なんだよ、お前いつも元気じゃん!」
「だから、いつもより! って言ったでしょう?」
「あ! あと食事も持ってきてくださって、ありがとうございます!」
子ども達が次々と語る言葉にミラの表情がぱあっと明るくなっていく。
今まで付与をしてきたが、その効果を目の当たりにすることはなかったのだ。
こうして、子ども達が元気な姿を見せてくれることで付与の力を実感できる。自分の能力が誰かのために役立っているのだと、ミラは嬉しさが込み上げてくる。
そんなミラの姿にギルバートも口元を緩める。
誰かのために付与をかけ、その効果を純粋に喜べるミラの心はギルバートに崇高さを感じさせたのだ。
子ども達に囲まれ、笑うミラの姿をギルバートは優しい眼差しで見つめ続けるのであった。
「では、ここでは感染者は出ていないのだな」
「そ、それは……おりません」
帰り際にギルバートに尋ねられた孤児院長は目を泳がせた。その様子にギルバートの視線が険しいものとなる。
ギルバートとミラを気にしているのか、交互に二人を見る姿からも疑惑は深まる。
先日も今日も出会ったのは同じ子ども達だ。それ以外にも子どもがいて、流行り病に感染している可能性がある。
貴族である自分の不興を買わぬように、感染を隠しているのかとギルバートは訝しむ。
「……感染者を隠しているのか?」
「いえ! そのようなことはございません! 子ども達は流行り病とは無縁の健やかな日々を送っております。……ただ、その……」
「なんだ? 話してみろ」
先程より低いギルバートの声に、びくりと肩を揺らした孤児院長の老人は一瞬迷ったのち、口を開いた。
「……リード様は先日もこの御方をお連れになりました。あれ以降、子ども達が体調を崩すことはありません。もしや、お連れの御方は高名な魔術師様、あるいは聖女様ではありませんか……!?」
「なにを馬鹿なことを申しているのだ」
ミラの能力に気付かれたことを隠すように、ギルバートは険しい表情を作る。
大方の者は、貴族の不興を買わぬようそれ以上、言葉を続けはしないだろう。
だが、ギルバートの不快そうな表情にも孤児院長はひるむことはない。
「愚か者の戯言と聞いてください。ここに体調を崩し、長く臥せっている子どもがおります! 名前はダン、10歳になります。長年、病に苦しんでおります。どうか、聖女様のご加護を授けてはくださりませんか?」
ギルバートが思っていた以上に、ミラのブレスレットの付与の効果が高かったのか、あるいは長年、子ども達を面倒見ていたこの老人が信心深いのか。
どうやら、彼はギルバートではなく、同行したミラが特殊な力を持つと推測したらしい。ミラの能力を隠すため、このまま否定し続けるべきかとギルバートが迷ったそのとき、凛とした声が響く。
「あたしに出来ることでしたら、問題ありません」
「……ミラ!」
ギルバートが答えを出す前に、ミラが返答する。
その声の響きには一切の迷いがなく、躊躇したギルバートからすれば眩しいものだ。ミラの能力を隠すためとはいえ、少年を救うことを彼は逡巡してしまったのだから。
「ありがとうございます! ……あの子はこちらです」
深く頭を下げる院長の姿はここの子ども達を慈しむからこそのものだ。
自身より年嵩の男性の姿に、それ以上何も言えなくなったギルバートは、ミラと共に彼の後に続くのだった。
明日も20時に更新です。




