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第1話 終わり、そして始まりの日

今日から更新を始めました!

続けられる限り、毎日20時に更新します。


 この国トゥルーシーにおいて、多くの貴族は生まれながらにして魔力を持って生まれてくる。稀に持たぬ者もいるが、そういった者はその家の恥として扱われる。

 高位であれば高位であればこそ、魔力の高さや属性を結果として強く望まれるのだ。そのために貴族たちは魔力や属性を重視して、婚姻を結んだ。


 5歳前後で教会にて鑑定をし、魔力の有無や属性がわかる。体内の魔力が安定する13歳で詳細な鑑定へと進む。

 平民の生まれであるミラは、全属性であることが5歳のときに教会での鑑定で告げられた。属性は聖・火・水・風・雷・闇の6属性、このすべての属性をミラは持っているというのだ。

 そのときの父母の喜びはひとしおであった。


 だが、それも長くは続かない。全属性が希少という理由で、実家を継いだ父の兄ローガンがミラを養子に望んだのだ。実家は同じ伯爵家であり、父エリックは貴族籍ではあるが、家を出てミラの母ルイーズと一緒になったのだ。

 無論、ミラの両親は強く拒んだが、ローガンによる圧力には勝てない。

 6歳の冬、ミラは家族と別れ、ローガンと共にフォスター家へと向かった。

 雪が降る中をずっと立ちつくしている家族の姿が遠ざかっていくのをミラは今も覚えている。

 それ以来、ミラはフォスター家の娘として育つ。

 そして今日、彼女は13歳となった。



*****


 

 早朝から入浴をし、身支度を整えさせられたミラは薄茶の髪がまとめられるのを黙って見つめている。鏡に映る自分は着飾っているが、明らかに寝不足の表情だ。

 昨日まで、散々魔術師の指導を受けたのだ。それも仕方ないとミラは思う。


「お綺麗です。今日の信託を終えれば晴れてミラさまは、マッキンリー家とのご結婚なされるんですね。おめでとうございます」

「そう、ありがとう」


 ミラの身を整えながら言う新入りのメイドに、短く返事を返すミラだが正直、どう受け止めてよいのかわからない。

 ジェイク・マッキンリーはミラの婚約者だ。少し気の弱いところはあるが優しい少年だとミラは思う。この窮屈な生活の中で、貴族にあっては唯一ミラに好意的な人間だとも言える。控えめだが穏やかな彼の笑顔に、ミラの心も救われているところがあった。

 ミラを引き取ったもののフォスター家の彼女の扱いは決して良いものではなかった。彼女は他家との血縁を結ぶ道具に過ぎず、全属性の者が弟エリックの元に誕生したことを、兄であるゴードンは気に入らなかったのだ。彼ら二人が母親違いの兄弟であったことが大きく影響した。

 そのため、別棟で過ごし厳しいしつけや教育、魔術師をつけられた魔法学に大きく時間を割いてミラは暮らしてきた。与えられた物も質素なものばかりで、使用人も最低限だ。

 ミラの扱いがぞんざいで構わないことを多くの使用人は知っていた。そのため、別棟の手入れも十分なものではない。

 養子として育ったものの、決して家族ではない。それは日頃の扱いからも明らかなことだ。

 夜眠るとき、ミラが思い浮かべるのは離れた家族だ。貴族としては気の優しい父、穏やかな母、ミラの遊び相手の妹ジルを思い浮かべては一人で泣いた。

 今日の信託でそんな日々も全て終わるのだ。



 教会へと向かう馬車の中、ミラを介さず会話は進む。別段、今日に限ったことではない。養父も養母も、そして養兄もミラに話しかけることは少ない。

 だが、降りる間際に念を押すように養父が言う。


「きちんと育てた責任を果たせ」

「……はい」


 小さな声でミラは答える。そんなミラに扇越しから養母は蔑視の眼差しを注ぎ、養兄は一瞥もしない。ミラに偽りの愛情を注ぎ、上手く操ることも出来たはずだが、それは彼らの誇りに反する。

 彼らもまた伯爵家としてはめずらしく数種類の属性を持っているのだ。そのこともまた、ミラに対する反感を増長させた。

 

 教会へと歩むミラの足取りは重い。心はそれ以上に暗く影を差す。

 婚約者であるジェイクはおとなしく特にミラに何かを言ってくることはない。だが、その父ゴードンは違う。同じ伯爵家ではあるが彼の家はフォスター家より裕福で影響力もあり、社交界でも名を知られている。

 そんな彼は他者に対し、支配的なのだ。息子であるジェイクも父である彼に逆らうことが出来ない様子だ。


 信託を待つ間、冷たい石の上に膝をつけ、祈りながらミラが思うのは家族のことだ。皆、元気にしているのだろうか、困っていることはないだろうか。もう、家族に会うことは出来ないのだろうか。そんな思いがミラの脳裏をよぎる。

 ミラがふぅと小さなため息を溢したとき、信託が終わった。


 震える声で告げられたのは、「全属性を有しているが、魔法の顕現が見られない」あまりに絶望的な結果に教会にいた者たちからは悲鳴が上がった。

 いくら全属性という恵まれた状況にあっても、魔法が行使できないのであれば魔力を持たないことと同義なのだ。

 全属性の少女の存在は皆の関心を集めていた。ミラが全属性であることを知らしめるために、多くの客人や教会関係者を招いたためだ。

 絶望と羞恥は怒りとなってミラへと注がれた。フォスター家はもちろん、マッキンリー伯爵家からも強い叱責が飛んだ。そんな中、困った顔をしてミラの婚約者ジェイクは父とミラを交互に見る。

 そして悲し気な表情でミラを見ると、彼女の視線から逃げるように目を逸らした。

 このとき、ミラは唯一の味方ともいえた少年からも見放されたのだ。



 数日後、ミラの本当の家族が彼女を迎えに来た。

 雪は降り積もり、風は冷たい。だが、屋敷の外に立たされたミラは簡素なドレス以外に何も身に着けていない。フォスター伯爵家としてはその服ですら惜しいと感じていた。ミラを育てた7年間は彼らにとっては無駄だったのだ。

 寒空の下、一人立ち竦む娘ミラを慌てて父のエリックが抱き上げる。その足には靴すら履いていないのだ。母のリジーは薄いコートを脱ぎ、娘のミラにかける。ミラの足が温かな何かで包まれた。

 妹ジルの手がミラの足を包み、温めているのだ。


「ミラ、もう大丈夫だ。うちへ帰ろう」

「さぁ、早く行きましょう。体がこんなに冷えて……なんてことなの」

「ごめんね、ミラ。ごめんね」


 そんな家族の言葉を聞きながら、ミラはここ数年で一番の安心感を抱いていた。

 失ったものは大きい。全属性という名誉、伯爵令嬢としての地位、そして信頼していた婚約者も失ったのだ。

 だが、ミラはそれより大きなものを得た。自身を案じる家族である。

 こうして全属性を持つミラは全てを失い、代わりに大切なものを取り戻したのだ。


 

 

お楽しみ頂けたら嬉しいです。

今日、20時にもう1話更新です。

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