第9話 幽閉の祈り子3
もう日が落ちたというのに、ルアは読みかけの本もそのままにどこかへ出かけてしまった。アイトも夕食の準備を済ませ、カスミの寝室を整え終えると、朝には戻ると告げてから出て行った。ヒナを迎えに行くだけの話なのだが、竜の話といい、どうもルアたちの考えは違っているようだ。
(竜……)
おそらく竜葬が関係しているのだろうが、今さら竜が現れたところで、ソウにとっては何の脅威でもない。ただ、未だ消えない胸の苦痛だけはどうしようもなかった。
ソウは街路から月を見上げる。
ひんやりとした光は日中の熱気を和らげ、乾いた空気を多少は潤わせてくれる。ヒナと約束をした夜のままだ。だけど、地上に目を落とせば、もう当時とは何もかもが変わっている。視界に映るのは、舗装された地面に建物の群れ。一つ一つの民家にはまだ光が灯っていて、おそらく家族で談話をしているのだろう。
ソウは憂うつな気持ちになる。
この王都では、血のつながりというものを大切にしていると聞いた。たったそれだけのことを特別だと信じているらしい。それが、ソウにはわからなかった。
ソウにとって親とはただの大人でしかなく、妹とは世話をする理由だ。
ヒナと離れてから五年。もう兄としての役目を果たしていない。だとすれば、今の自分はヒナにとって何なのか。どう思っているのか。どう思われているのか――。
「ソウ君? やっぱり外にいたんだ」
カスミがソウの方へ歩いてくる。湯浴みに向かったはずだが、それが終わるほどに時間が経っていたようだ。カスミはルアの寝間着を借りていて、昼間の正装姿よりは過ごしやすそうに見えた。「気持ちいいね」とソウの横で伸びをする。それからは何を言うでもなく、ソウに合わせるように月の輝く星空を見上げた。
そんなカスミにソウは罪悪感を覚える。
ソウがヒナから離れている間、ずっとヒナを支えていたのはカスミだ。もしかするといつも見る夢の中でヒナが泣かなくなっていたのは、カスミのおかげだったのかもしれない。確信めいて、自然とソウの口が動いていた。
「……カスミ」
「ん? 何?」
「ありがとう。ヒナの傍にいてくれて」
カスミは驚いたようにソウの横顔を見たが、すぐに優しく目を細めた。
「そっか。ソウ君、お兄ちゃんになったんだね」
「俺は……」
「ううん、昔からだよね。ぶつぶつ文句は言うくせに、いつもヒナちゃんのことを気にかけて、ヒナちゃんが危ないことをしても、見えないところに行っても、一番に気づいて、一番に見つけてあげるのはソウ君だった。ねえ、ソウ君。ヒナちゃんね、ずっとソウ君に会いたがってた」
「ヒナが……?」
思わずソウはカスミに顔を向ける。
「うん。ヒナちゃん、ソウ君が生きているって、絶対に会いに来てくれるって信じているんだよ」
「ヒナ……」
まだ兄と思ってくれているのだろうか。竜から守ることなく世話からも離れ、会うことも、助けることすらもためらっているというのに……。
ソウは悔しさでうつむいた。どうして会いたいと思えない。どうして大切だと思えない。そんな思いで顔を歪める。
「ソウ君」
いつの間にか、カスミが正面に移動していた。
「不安に思っているなら、言ってくれていいんだよ。ソウ君がお兄ちゃんになっても、わたしはソウ君のお姉ちゃんなんだからね。あ、もちろんカスミお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだから」
それは飽きるほどに見てきたいじわるな笑顔。
(お姉……ちゃん…………)
カスミは変わっていない。昔のまま――大人のふりしてソウに構ってきたお姉さんのままでいてくれる。そのことが、少しだけソウの胸の苦しみを消してくれた。
「……ありがとう」




