第7話 幽閉の祈り子1
お姉さん――名前はカスミ。まだソウが幼かったころに両親たちと故郷から離れていた。カスミに祈り子の資質があったからだ。
祈り子は変わった職業で、先天的な資質を持つ十五歳から三十歳までの者だけが就くと定められている。条件の厳しさと職務の重要性から待遇は破格であり、祈り子の資質が認められれば、専門の機関へ教育を受けに行くのが一般的だ。
当時のソウはそんな事情なんて知らなくて、もう二度とカスミとは会えないものと思っていた。
「カ、スミ……カスミなのか?」
「む。カスミお姉ちゃん。はあ、生意気なのは変わってないんだ。でも、そんなところがやっぱりソウ君って感じがする。久しぶりだね。『王都の竜狩り』だなんてびっくりしちゃった。わかっていたら、もっと早く会いに来たんだけどな」
カスミは嬉しそうに笑った後、ふっとその顔を歪ませる。
「心配したんだよ。みんな竜に襲われたって聞いて。……あ、ごめん。思い出させちゃったかな。そこにいたソウ君の方が辛いよね」
「いや……大丈夫だ」
「……他に無事な人はいるの?」
ソウが目を伏せて首を振ると、カスミは「そっか」と残念そうに言った。しかし、すぐににっこりと笑みを作ると、いたわるようにソウの手を取る。
「ずっと一人で頑張ってきたんだね。でも、いい人たちに恵まれているみたい。元気なソウ君に会えてよかったよ」
顔を上げてソウははっとする。カスミのその笑顔は、昔、ふてくされたソウをなだめるときに見せていたものだ。まるで故郷での日々が戻ってきたかのようだった。
だが、それも束の間のこと。
カスミがその表情を曇らせて、そっとソウの手を下ろす。それから迷ったように視線をそらしたかと思うと、今度は覚悟を決めたような瞳でソウを見つめてきた。
「ねえ、ソウ君。ゆっくり話をしたいのはあるんだけど、先にどうしても言わないといけないことがあって。……実はね、ヒナちゃんも生きているの」
(――――ヒナ?)
その名前にソウは固まってしまう。聞き間違いなのかと疑った。
もう会えないと思っていたのに。もう諦めかけていたのに。
ヒナが――妹が生きている?
「お願い、ソウ君。ヒナちゃんを助けてあげて!」
◇
祈り場の地下は、広大な施設となっている。そのほとんどは関係者にのみ立ち入りが許され、祈り子であっても自由に動き回ることはできない。そんな地下施設の、とある一室にヒナはいるらしい。
「まだ勉強中だったころ、わたしの先生から話し相手になってあげて欲しい子がいるって頼まれたの。それで祈り場の奥までついて行ったら、そこにヒナちゃんがいたんだ。最初は気づかなったけど、話しているうちにヒナちゃんだって。わたしのことも覚えていてくれたよ」
カスミが故郷の惨事を知ったのもこのときだ。
ヒナはいつも小さな部屋に一人でいて、会いに行くのはカスミだけだった。人の出入りに厳しい場所だったことに加えて、訪問者同士の雑談などから噂が立つのを避けたかったらしい。カスミは口外しないようにと念を押されていた。そんな事情もあって、カスミはなるべく時間を見つけてはヒナと会うようにしていた。
(そんなことに……)
故郷にいたころのヒナはさびしがりで、いつもソウの傍を離れようとしなかった。孤独な環境に耐えられるとは思えない。
「……ヒナを助けるっていうのは? そこに閉じ込められているのか?」
「ううん。そういうわけじゃないの。その部屋にいるのは別の事情みたい。えっとね、実はヒナちゃん……竜葬のイケニエに選ばれちゃったみたいなの」
「竜葬――?」
聞き慣れない言葉にソウが眉をひそめると、その様子を見ていたアイトが教えてくれた。
竜葬とは、この地域に古くから伝わる儀式。葬儀の終わりに遺体を竜に連れ去らせるというもので、現代でも主流だ。ただし、時代が進むにつれて、いつしか生者を巻き込むイケニエの意味まで含まれるようになっていた。
ちなみにソウの母親も竜葬だ。そのときのソウは、遺体が集落の外に運ばれるくらいの理解でしかなかった。それを除いて、ソウにとって誰かの死とは、すべて竜に連れ去られるというもの。それはまさにイケニエだった。
ソウの全身がざわつく。
その一方で、傭兵の二人は不可解そうに目を合わせていた。女傭兵がカスミに話しかける。
「話の腰を折って悪いが、イケニエは志願のはずだ。その子には断る権利がある。嫌であれば、そう伝えればいいだけではないのか?」
「だよなあ。民間で強制って、そんなの聞いたことないぞ」
カスミは悔しげに口元を歪めて、うつむき気味に答える。
「それが……身寄りがないからって。そんなのおかしいって言っても、うちで引き取るって言っても、ぜんぜん聞く耳を持ってくれなかった。だけど――」
カスミは勢いよく顔を上げる。
「『王都の竜狩り』がソウ君かもって知って。ソウ君ならって。だって、ソウ君はヒナちゃんのお兄ちゃんなんだから!」
(――っ!)
その瞬間、ソウの胸にずきりとした痛みが走った。
「お、お兄ちゃん? ソウの……あ、いや、ソウが、か」
「ふむ。やはりソウの妹だったか。それは心配だろう。わたしにも弟がいるからな。ソウの気持ちはわかる」
「……え、そんなのいたの? おっかな」
「悪いか?」
傭兵たちがそんなやり取りをしている中、じっと話を聞いていたアイトがいつになく神妙な面持ちで口を開いた。
「ソウ、もう日が暮れます。続きは帰ってからにしましょう。この件はルアに相談した方がいい」
それは提案というよりも、強く促すような口調だった。




