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第6話 王都の竜狩り3

 また一日が終わる。ただ竜を狩るだけの一日。


 王都に戻って傭兵たちと別れた後、ソウは町を区画する壁に上って、夕陽が降り注ぐ通路を巡回していた。竜は昼行性が多く、夕方以降は数が減るのだが、視界の悪化によって小型の竜が鳥と間違えられて警備を抜けることもある。


 壁の上から少し顔を動かすと、雑多な町並みを一望できる。夜間は不要不急の外出が禁止されるため、人々は急ぐように買い物などの用事を済ませていた。

 ソウはそんな人たちの目に触れないよう、広い通路の真ん中を歩いた。『王都の竜狩り』は有名で、見つかると声をかけられることがあるからだ。人との関わりを避けているのではなく、家族連れ――特に幼い兄弟姉妹のいる光景を見たくなかった。


 しばらく歩き、テントの並んだ区画にたどり着く。移住直後で住まいがなかったり、竜被害で家を失ったりといった事情を持つ人たちが暮らす場所だ。

 ソウはこの場所に着くと、故郷のことを思い出してしまう。竜に襲われた日のことを思い出してしまう。そして、初めて竜を狩った日のことも――。


 竜はあまりに弱かった。

 鱗や骨なんて関係ない。ソウが剣を振れば、すっと刃を通せてしまう。刃が傷むことはなく、どんな巨体が相手でも力負けしない。これは『竜狩りの力』と呼ばれるもので、ごく一部の人間だけに備わるらしい。そんな力があったなんて、ソウは知らなかった。


 ――怖い竜はやっつける。


 真っ白になった頭に浮かんだのは、幼い妹と約束した言葉。

 ほんの少し――ほんの少し頑張るだけでよかった。それだけで竜に勝つことができた。約束を守ることができた。妹を、故郷を守ることができた。

 だけど、その()()()()()をソウはやっていなかった。ヘラヘラと笑って、玩具みたいな木の棒を振り回していただけで……。


(……っ)


 瞬くように過ぎた記憶にソウの身体が小さく震える。


 大切だと思っていれば、守るつもりのない約束なんてしない。

 思い返してみれば、煩わしい妹だった。我慢ばかりで、大変で、いなければと何度も思った。だから、いなくなった。そんなどうでもいい妹。どうでもいい故郷――。


 ソウは強く拳を握る――が、すぐにその力を緩めた。悔しいなんて、おかしい。

 心の消えた表情で、まるでそこに未練があるかのように、ソウは故郷に似た光景を見つめ続けた。


(あ……)


 ふとソウの目に二人組の子供の姿が映った。十歳くらいの男の子とそれより年下の女の子。テントから少しだけ離れた広場で、仲睦まじくふざけ合っている。

 だんだんとソウは息苦しさを感じていく。ソウは二人から目を背けるようにして、また巡回に戻ろうとした。


「りゅ、竜だ――!」


 悲鳴のような声がソウの耳に飛び込む。振り返ると、空に小型の翼竜が見えた。

 騒ぎが広がる中、先ほどの二人が逃げ遅れている。どうやら女の子の方が座り込んだまま立てないみたいだ。もたついているところを竜に狙われた。


 ソウは身長の何倍もある壁から飛び降りる。剣を抜いて駆け出すと、急降下してくる竜を側面から一太刀で心臓ごと切り捨てた。地面に落ちた竜の死骸が消え始める。


「竜狩りだ! すごい、初めて見た!」


 はしゃぐ声に何となく顔を向けてみると、男の子がきらきらと輝く目でソウを見つめていた。ソウは息を吐き、剣を収める。


「まだ竜がいるかもしれない。今のうちに避難するんだ」

「うん……でも妹が」


(妹……?)


 男の子の視線の先にいるのは先ほどの女の子。まだ座り込んだままだ。


「……立てないのか?」

「う、ううん。大丈夫……」


 女の子は遠慮がちに言って立ち上がろうとするのだが、うまくいかない。それを男の子に手伝ってもらってようやく立つことができた。

 そんな二人にソウは居心地の悪さを感じてしまう。


「ねえ、僕も竜狩りになりたい。なれるかな」

「……そんなことより、妹を大切にな。竜なんて考えるのは、それからでいい」


 まるで後悔でも告げるかのように、途切れ途切れの言葉で答えた。ちょうど騒ぎに気づいた傭兵たちが駆けつけてきたので、ソウは状況を手短に伝えて二人を任せると、急ぐようにその場を離れた。


 ひとけのないところまで歩いて、ソウは立ち止まる。その身体は今にも爆発しそうなほどに震えていた。


「――どうでもよくなんかない!」


 気づけばソウは叫んでいた。抑えていたはずの感情が暴れ出す。


 大切だったと思いたい。また会いたいと思いたい。また会えると信じたい。

 だから竜と戦った。だから剣を取った。

 約束を守ると言いたくて。本気だったと言いたくて。


 だけど……竜狩りの力が否定をしてくる。大切な妹ではなかったと告げてくる。どれだけ竜を狩っても妹は姿を見せず、狩れば狩るほどに遠くに感じてしまう。


「どうでも、よくなんか……」


 乾季の訪れは残酷で、こんな乾いた世界では、涙もすぐに消えてしまう。

 ソウは自分が泣いているとわからなかった。自分の気持ちがわからなくて、信じられなくて、もう何のために竜を狩っているのかもわかっていない。


「――ソウ」


 肩に置かれた手に気づいて顔を上げると、冷めゆく空を背にアイトが微笑んでいた。


「竜がいたみたいですね。ご苦労様。さあ、もう暗くなります。帰りましょうか」

「……ああ。わかった」


 ソウは何事もなかったように表情を消す。


「今日は王宮だったのか?」

「ええ。ルアは家にいますけどね」

「……また散らかしていないか心配だ」

「それは同感です」


 ごまかすような会話を交わして、逃げるように歩き始めると、その後ろからアイトもついて来た。


「なあ、アイト」

「何でしょうか?」

「アイトは、竜を狩らないんだな」


 アイトも竜狩りの力を持っている。ただし、それを見せたのはたった一度――ソウと初めて会ったときだけだ。ソウが竜を狩り始めたころ、ルアとこっそり様子を見に来てはいたのは知っているが、戦いを教えることも、戦いに参加することもなかった。もしかすると力を使いたくないのではと、ふと気になってしまった。


「必要ありませんからね」


 アイトは何でもないといった様子で笑う。


「ソウがいますし、傭兵の皆さんも頼りになります。僕の出番はありませんよ。それにルアを見ていなければなりません。そちらで手一杯というのが本音でしょうか」

「そう……か」


 ルアとアイトがどういう関係かはわかっていないが、確かに一緒に行動していることは多い。ソウを含めた身の回りのこともアイトがぜんぶやっていて、さらに王宮へ通うこともある。竜を狩る暇なんてなさそうだ。

 あてが外れた気持ちになって、ソウは小さくため息をつく。その直後、突然アイトが立ち止まって、「ソウ」と呼びかけてきた。


「あなたはよくやっていますよ。僕やルアだけではありません。みんな知っています」


 ソウは聞きながら、足を止めてうつむいた。

 感謝や賞賛を嬉しいと思ったことはない。辛いだけだった。『王都の竜狩り』だとか、そんな名声なんて聞きたくもない。それこそどうでもいい。ソウが望むのはそんなことではなく、ただ……ただ、もう一目だけでもいいから――。


「お、いたいた。おーい、ソウ!」


 いつもの男傭兵の声がした。女傭兵も一緒で、あともう一人だけ見覚えのない少女がいる。年齢は十五歳のソウと同じかやや年上くらい。年相応のあどけなさが残る一方でどこか大人びた雰囲気もあり、髪のまとめ具合や整然とした着こなしには几帳面さをうかがえる。その白を基調とする独特の装束から、祈り子だとはわかった。


「この子が『王都の竜狩り』に用事だとさ。こいつめ、竜にしか興味ないふりして、こんなかわいい子と知り合ってたのかよ。さてはいつもの巡回もこの子に会うためだったな?」

「おまえとソウを一緒にするな。だが、祈り子に知り合いとはわたしも意外だった」

「いや……」


 ソウには覚えがなかった。普段会話をする相手といえば、ルアとアイト、あとは傭兵たちくらいのものだ。市民から声をかけられることはあっても、せいぜい挨拶程度のもの。ましてや祈り子となんて会ったことすらない。

 『王都の竜狩り』への用事だと言っていた。だとすれば、竜退治の相談なのだろうが……。


 なぜか、ソウは懐かしいと感じた。目の前の少女を知っている気がする。

 少女の方は先ほどから黙ったままで、じっとソウを見つめている。その顔がぱっと無邪気に明るくなった。


「やっぱり、ソウ君なんだね」

「え、あ――」


 その瞬間、ソウは少女が誰だかわかった。

 故郷で一緒に過ごした、()()()()だ――。


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